さすらいの風景 キナバル山 その8
四日目は、マシラウルートを下ることになります。 6時出発なのでゆっくりと寝ていられると思ったのですが、昨日新たに到着して山頂をめざす登山者が1時頃から起きだして登山準備をしたので、目を覚ますことになりました。静かになったところでもうひと眠りしましたが、寝不足気味です。...
View Articleさすらいの風景 キナバル山 その9
PONDOK TIKALODからは、僅かな距離で谷に降り立つことができました。 標高が下がったためか、キナバル・バルサムの花が再び現れました。 その先で、再び橋が現れ、こちらがWest Masilau Riverの本流のようでした。 川からひと登りで、PONDOK NEPENTHESに到着。この先が、マシラウルート一番の難所の急登になります。...
View Articleさすらいの風景 キナバル山 その10
五日目は、ボルネオを去る日になります。 マシウラ・ネイチャー・リゾートの駐車場からは、キナバル山の稜線を見上げることができました。今回の旅行では、登山開始の日から通して、キナバル山の眺めを楽しむことができました。 鋸刃状の稜線が続いています。 朝食は、軽く済ませました。ビュッフェスタイルで、食欲があればもっと食べることはできます。...
View Articleさすらいの風景 キナバル山 その11
キナバル山登山を終えて、コタキナバルの街に戻ってきました。 メインストリートには、新しい建物が並んでいました。キナバル山の山麓は涼しかったのですが、一気に気温が上がってきました。暑さのためか、通りを歩いている者はほとんどいませんでした。 新築の建物が並ぶ街のいっかくには、バラックの集落が残されていました。 昼食のレストランが開く前に、脇のショッピングセンターに入りました。...
View Articleさすらいの風景 成田からヘルシンキ
五月連休も終わってツアー料金も安くなったところで、最近人気の出てきたバルト三国に行ってきました。 今回のツアーのタイトルと行程は、以下のようなものでした。旅行会社の配った日程表とは見学の順番などが少し違っています。 「日本航空往復直行便利用 麗しきバルト3国とフィンランド大周遊10日間」 2015年 第一日目 5月11日(月) 成田発 10:30(JL-0413)ヘルシンキ着 14:50...
View Articleさすらいの風景 タリンクシャトル
ヘルシンキからタリンへは通常は飛行機で移動しますが、今回のツアーではタリンクシャトルと呼ばれるフェリーを利用します。このツアーを選んだ理由に、このフェリー乗船がありました。 エストニアの首都タリンへのフェリー乗り場は、ヘルシンキ中心部の南西部にあります。 フェリーターミナルに到着すると大きな船が見えてきましたが、乗船するのはこのBaltic Queen号ではありませんでした。...
View Articleさすらいの風景 タルトゥ その1
長旅を終えてエストニアの首都のタリンに到着しましたが、旅の第二日目はバスでタルトゥへと移動しました。タリンへは第六日目の夜に戻ってきて、第七日目に観光を行うことになります。タリンではいずれの日もメリトングランドコンファレンス&スパホテルタリンに泊まりましたが、ホテルの外観などは後日に掲載します。...
View Articleさすらいの風景 タルトゥ その2
聖ヨハネ教会を出てタルトゥ大学の本館にやってきました。 タルトゥ大学は、スウェーデン王グスタフ2世アドルフによって、1632年に「アカデミア・グスタヴィアナ」という名前で設立された。スウェーデンでは、ウプサラ大学に次いで古い大学です。現在では、エストニアの最高学府になっています。 本館の裏手の小公園に、スウェーデン王グスタフ2世アドルフの像が置かれていました。...
View Articleさすらいの風景 リガ その1
ラトビアの首都のリガには、7時過ぎに到着。移動距離が長い割には道路が良く整備されており、順調な移動でした。 ラトビアには、バルト三国周辺の異教徒達を服属させカトリックに改宗させることを目的として、13世紀初めに僧正アルベルトによって率いられたリヴォニア帯剣騎士団が進攻しました。リガは、この騎士団の本拠地として整備されたのが始まりです。...
View Articleさすらいの風景 リガ その2
中央市場の見学を終えて、次はユーゲント・シュティール建築群の見学を行うことになりました。 ユーゲント・シュティールは、ドイツ圏において19世紀末から20世紀の初頭にかけて広がった芸術活動を示す語で、フランス・ベルギーのアール・ヌーヴォーに相当します。...
View Articleさすらいの風景 リガ その3
リガの旧市街地に向かい市庁舎広場の駐車場で車を降りましたが、まずリガ大聖堂を見学しました。 リガ大聖堂は、騎士団が占領したリヴォニアの宗教的中心を果たしてきた教会です。1211年に僧正アルベルトが建設を始め、その後増改築が加えられて18世紀後半に現在のような姿になりました。 高さ90mの塔は、1776年に立て直されたものですが、修理中でネットが被られていました。 教会内は、高い天井を持っています。...
View Articleさすらいの風景 リガ その5
聖ヨハネ教会を出て歩いていくと、ワーグナーが住んでいた家がありました。通り過ぎたところでガイドの説明があり、振り返って写真を撮りました。現在はコンサートホールになっているようです。 ワーグナーは、1837年から二年間、リガに住んでいました。ドレスデンからリガにやってきて、1839年でパリへ引っ越していきました。この時代のワーグナーは借金まみれで、夜逃げを繰り返していました。...
View Articleさすらいの風景 ルンダーレ宮殿 その1
リガの観光を終えてヴィリニウスに向かいますが、その途中、パウスカの街近くにあるルンダーレ宮殿を観光することになりました。 リガからは、約70kmの移動でパウスカに到着しました。 バウスカは三つの川の合流点にあり、15世紀にリヴォニア騎士団はこの地の丘に巨大な城を建設しました。その後は、リトアニアとの貿易の中継地として発展しました。...
View Articleさすらいの風景 ルンダーレ宮殿 その2
ルンダーレ宮殿の見学を続けていきます。 ズボフの部屋 絵画が飾られて、プライベートの区域に入ってきたようです。 バラの間。 ピンクの大理石の壁に花飾りが付けられています。 オランダ風絵画の間。 一族のポートレートの間。 ビロン公の肖像。この宮殿の主です。 ビロン公を愛人とした女帝アンナの肖像。 愛人として使えるのも大変そうです。 ビロン公の寝室。 ビロン公の謁見室(あるいは赤の書斎)。...
View Articleさすらいの風景 ヴィリニウス その1
エストニア、ラトヴィアを横断して、三国目のリトアニアの首都のヴィリニウスまでやってきました。バルト三国の南下も終わり、ここで折り返すことになります。...
View Articleさすらいの風景 ヴィリニウス その2
カテドゥロス広場からヴィリニュスの繁華街であるビリエス通りに進みました。 時間が早いため、開店準備や貨物車が入っており、通りの雰囲気を味わうにはあまり良い状態ではありませんでした。 通りの奥に見えてきたのは、聖ヨハネ教会の一部のようです。 ビリエス通りをさらに進むのかと思ったら、脇道に入りました。石畳の敷かれた小路も趣があります。 この小路にアンバーミュージアムギャラリーがありました。...
View Articleさすらいの風景 ヴィリニウス その3
ヴィリニュスの南に位置する夜明けの門から、反対の北にあるゲディミナス塔の見学のために移動しました。最初に見学した大聖堂はこの丘の下にあるので、いったり来たりになっています。...
View Articleさすらいの風景 ヴィリニウス その4
ツアーでのヴィリニュス観光の最後は、聖ペテロ&パウロ教会になりました。 聖ペテロ&パウロ教会は、1668年から7年間かけて建設されましたが、この教会の見どころは30年かけて造られたその内装です。 外見だけならば、数多くある教会とそう変わりはありません。 教会の中に入ると、思わず見とれてしまうことになります。...
View Article