アルメニアの首都のエレバンでは、メトロポール・ホテルに二泊することになりました。このホテルは、街の中心の共和国広場まで歩ける場所にあるので、夕食後で少し遅くなっていましたが、夜歩きに出かけることにしました。
バクーやトビリシのホテルは、街歩きには難しい場所にありましたが、ようやく中心地に近いホテルになりました。一般的に、ツアーの最後は良いホテルに泊まらせて、ツアー会社への印象を良くするといいます。
左がメトロポール・ホテル。
ホテルの前には勝利橋が架かっており、その対岸部には、「アルメニアコニャック」として知られるアララトの製造元のエレバンブランデーの製造工場があります。
ホテルの向かいにあって、エレバンブランデー工場と橋を挟んで向かい合うのはエレバン・コニャック・ワイン・ウォッカ・工場。勝利橋は、この二つの製造工場を結んでいることから、酔っ払い橋とも呼ばれるようです。
共和国広場めざして歩くことにしました。すぐ先にエレバン歴史博物館がありました。
エレバン歴史博物館の入口。
勝利橋方面を振り返ったところ。
Myasnikyan広場。Alexander Myasnikyanは、アルメニアの革命家のようです。
Shahumyan広場。アルメニアの政治家のステパン・シャウミャンの像が置かれていました。
石造りの重厚な建物は、アルメニア外務省の建物のようです。勝利橋から共和国広場に続く通りは道幅も広く、官庁街として整備されているようです。
その先でShahumyan公園に出ました。噴水は終わっていましたが、その両脇には、屋外カファが並んでいました。
歩いている途中、音楽が流れているのが聞こえていたのですが、その音源は共和国広場で、噴水と音楽のショーが行われていました。
正面にあるのは、アルメニア歴史博物館。
アルメニア歴史博物館の建物を中心にして、左右に円形に建物が連なっていました。これは左手の建物。
右側の建物。
しばらく噴水と音楽のショーを楽しみました。
人が集まっているといっても、撮影場所に困るというほどではありませんでした。
音楽は、クラッシック音楽をアレンジしたものが主で、耳でも楽しむことができました。
しばらく、刻々と変化する噴水の撮影を続けました。
何時まで続くのが判らないので、そろそろ帰ろうかと思ったところ、ハチャトリアンのバレエ音楽「スパルタクス」中の「スパルタクスとフリーギアのアダージョ」が流されました。至上の時を過ごすことができました。
作曲家のハチャトリアンは「ガイーヌ・剣の舞」の音楽によって、日本でも広く知られているアルメニア人といってよいでしょう。また、ソ連のミグ戦闘機の設計者のアルチョーム・ミコヤーンもアルメニア人です。
アルメニア人では、「ヤーン」とか「アン」で終わる名前が多いのが特徴になっています。そのため、指揮者のカラヤンの祖先がアルメニア人であったという説もありますが、これは根拠が無いようです。
広場の時計も10時半を示し、歩いてホテルに戻るのは11時に近くになってしまいます。スーツケースもまだ開けておらず、シャワーを浴びてから寝るには12時を超えてしまうことでしょう。
この噴水と音楽のショーは週末に行われるようで、たまたま夜歩きに出たおかげで素晴らしい時を過ごすことができました。
バクーやトビリシのホテルは、街歩きには難しい場所にありましたが、ようやく中心地に近いホテルになりました。一般的に、ツアーの最後は良いホテルに泊まらせて、ツアー会社への印象を良くするといいます。
左がメトロポール・ホテル。
ホテルの前には勝利橋が架かっており、その対岸部には、「アルメニアコニャック」として知られるアララトの製造元のエレバンブランデーの製造工場があります。
ホテルの向かいにあって、エレバンブランデー工場と橋を挟んで向かい合うのはエレバン・コニャック・ワイン・ウォッカ・工場。勝利橋は、この二つの製造工場を結んでいることから、酔っ払い橋とも呼ばれるようです。
共和国広場めざして歩くことにしました。すぐ先にエレバン歴史博物館がありました。
エレバン歴史博物館の入口。
勝利橋方面を振り返ったところ。
Myasnikyan広場。Alexander Myasnikyanは、アルメニアの革命家のようです。
Shahumyan広場。アルメニアの政治家のステパン・シャウミャンの像が置かれていました。
石造りの重厚な建物は、アルメニア外務省の建物のようです。勝利橋から共和国広場に続く通りは道幅も広く、官庁街として整備されているようです。
その先でShahumyan公園に出ました。噴水は終わっていましたが、その両脇には、屋外カファが並んでいました。
歩いている途中、音楽が流れているのが聞こえていたのですが、その音源は共和国広場で、噴水と音楽のショーが行われていました。
正面にあるのは、アルメニア歴史博物館。
アルメニア歴史博物館の建物を中心にして、左右に円形に建物が連なっていました。これは左手の建物。
右側の建物。
しばらく噴水と音楽のショーを楽しみました。
人が集まっているといっても、撮影場所に困るというほどではありませんでした。
音楽は、クラッシック音楽をアレンジしたものが主で、耳でも楽しむことができました。
しばらく、刻々と変化する噴水の撮影を続けました。
何時まで続くのが判らないので、そろそろ帰ろうかと思ったところ、ハチャトリアンのバレエ音楽「スパルタクス」中の「スパルタクスとフリーギアのアダージョ」が流されました。至上の時を過ごすことができました。
作曲家のハチャトリアンは「ガイーヌ・剣の舞」の音楽によって、日本でも広く知られているアルメニア人といってよいでしょう。また、ソ連のミグ戦闘機の設計者のアルチョーム・ミコヤーンもアルメニア人です。
アルメニア人では、「ヤーン」とか「アン」で終わる名前が多いのが特徴になっています。そのため、指揮者のカラヤンの祖先がアルメニア人であったという説もありますが、これは根拠が無いようです。
広場の時計も10時半を示し、歩いてホテルに戻るのは11時に近くになってしまいます。スーツケースもまだ開けておらず、シャワーを浴びてから寝るには12時を超えてしまうことでしょう。
この噴水と音楽のショーは週末に行われるようで、たまたま夜歩きに出たおかげで素晴らしい時を過ごすことができました。