スプリットの中心地のペリスティルにある大聖堂は、ディオクレティアヌス帝の霊廟として造られたものですが、後の8世紀に教会に改築されました。安置されていたディオクレティアヌス帝の遺体も行方が判らなくなっています。キリストk教迫害者への報復とも考えられますね。
入り口に置かれたスフィンクスは、ディオクレティアヌス帝がエジプト遠征から持ち帰った物とのこと。
ライオン像も置かれていました。唐獅子と違って、足元に踏みつけているのは、子獅子ではなく獲物の鹿のように見えます。
こちらは、足元には何もいません。
大聖堂入り口のアーチの上には、人がドラゴンに捕えられているような像が置かれていました。いわれは判りません。
時間が遅くなっており、大聖堂には入れませんでしたが、鐘楼はまだクローズしていなかったので、さっそく上ることにしました。
鐘楼は13世紀〜14世紀に造られ、高さは60mのようなので上るのにひと汗かかせられそうです。
階段上りが続きました。
鐘楼の上からは、高度感のある眺めが広がっていました。
港方面の眺め。
西方面の眺め。
鉄の門とナドロニ広場が、写真の右寄り中央に見えています。
北方面の眺め。
東の銀の門を見下ろしたところ。
真下にあるペリスティル広場を見下ろしたもの。
階段を下りながら、途中の眺めを楽しみました。
鐘楼から下りて、最後に振り返りました。
高速道路の途中での通行止めによって、スプリットの見学はあわただしいものになりましたが、それでも一通りは見ることができました。
スプリットの見学を終えて、この日の宿泊地のトロギールに向かいました。
入り口に置かれたスフィンクスは、ディオクレティアヌス帝がエジプト遠征から持ち帰った物とのこと。
ライオン像も置かれていました。唐獅子と違って、足元に踏みつけているのは、子獅子ではなく獲物の鹿のように見えます。
こちらは、足元には何もいません。
大聖堂入り口のアーチの上には、人がドラゴンに捕えられているような像が置かれていました。いわれは判りません。
時間が遅くなっており、大聖堂には入れませんでしたが、鐘楼はまだクローズしていなかったので、さっそく上ることにしました。
鐘楼は13世紀〜14世紀に造られ、高さは60mのようなので上るのにひと汗かかせられそうです。
階段上りが続きました。
鐘楼の上からは、高度感のある眺めが広がっていました。
港方面の眺め。
西方面の眺め。
鉄の門とナドロニ広場が、写真の右寄り中央に見えています。
北方面の眺め。
東の銀の門を見下ろしたところ。
真下にあるペリスティル広場を見下ろしたもの。
階段を下りながら、途中の眺めを楽しみました。
鐘楼から下りて、最後に振り返りました。
高速道路の途中での通行止めによって、スプリットの見学はあわただしいものになりましたが、それでも一通りは見ることができました。
スプリットの見学を終えて、この日の宿泊地のトロギールに向かいました。