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さすらいの風景 ウィーン その12

シェーンブルン宮殿のクリスマスマーケットで昼食をとってから、次は技術博物館に向かいました。

宮殿の正門前から延びる道に進み、右手の公園が終わった所で右に曲がると、技術博物館が現れました。路面電車も利用できたようですが、停留所を探して歩いているうちに着いてしまいました。

入り口には観光バスも停まっていましたが、一般的な観光客ではなく、校外学習の一行を乗せてきた車のようでした。

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技術博物館ということで、エナルギー開発関係の工業機械などが並んでいました。

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二階に上がると、古い機関車が展示されていました。

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鉄道ファンなら興味深く、一つずつ眺めていくのでしょうが、それほどのファンではありません。

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ここでの目的物が見つかったようです。

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外見からはなんの変哲も無い客車のように見えますが、これが皇妃エリーザベト(シシィ)が旅に使った王室専用客車(御料車)です。

皇帝フランツ・ヨーゼフ1世と皇妃エリーザベトは列車の旅を好み、ハプスブルグ帝国の莫大な富をつぎ込んだ贅をつくした皇帝列車が造られました。しかし、第一次大戦中にほとんどの車両は破壊され、唯一残ったのが、この車両です。

1873年に作られたこのシシィ専用車両は、実際は二両あり、Hz0010はサロンカーでしたが、これは残っていません。このHz0011は、長距離の旅の際に寝台車として使われたものです。シシィは、この専用車を一般の定期運行の列車に連結してお忍びの旅を行ったようです。

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車両はソファールーム、ベッドルーム、トイレの三つの部屋に分かれています。内部は暗くて、撮影が難しい状態でした。

これはソファールーム。

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ベッドルーム。

皇帝をほったらかしての一人旅なので、シングルベッドですね。

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車両の脇には、専用車両で使われ食器も展示されていました。プライベートな食事ということで、簡素な造りです。

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シシィ博物館でも専用車両の展示が行われていましたが、やはり本物を見ると、シシィの旅が身近に迫ってくる感じがしました。といっても、日本人観光客でここを訪れる者はめったにいないでしょうね。

これだけを見学して、技術博物館を後にしました。この日は、まだまだ見て回る予定が残っていました。

さすらいの風景 ウィーン その13

技術博物館見学の後は、王宮家具博物館に向かいました。まず路面電車でウィーン西駅に出て、そこから地下鉄に乗って、Zieglergasseで下車しました。

地上に出ると、地元民が利用するような店が並んだ通りが延びていました。

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王宮家具博物館は、大通りから脇道に入った奥にあり、見つけにくいという下調べ通りでした。王宮家具博物館は、個人観光客が利用することの多いシシーチケットでも、シシー博物館、シェーンブルン宮殿と並んで入場個所として含まれているのですが、ここまで訪れる人は少ないようです。

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王宮家具博物館に入場すると、雑然と家具が並んでおり、中古家具売り場といった感じでした。

この王宮家具博物館は、1747年にマリア・テレジアによって、ハプスブルグ家の家具の保管庫として造られたのがはじまりです。

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蝋燭の燭台が沢山置かれていました。

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それなりに由緒のあるものなのでしょうけど、膨大な数の家具が並んでおり、いちいち説明を読んでいくわけにもいきません。

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皇妃エリザベート(シシー)の胸像は幾つも造られたようです。

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皇妃エリザベート(シシー)に比べると、皇帝フランツヨ・ーゼフ1世の方は、人気がないようで、胸像も僅かしかありませんでした。

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皇后エリーザベト・クリスティーネ(愛称白き肌のリースル)の車椅子。

皇后エリーザベト・クリスティーネは、皇帝カール6世の連れ合いで、マリア・テレジアの母親にあたります。リウマチで体を悪くし、車椅子で生活するようになったといいます。マリア・テレジアは、母親の思い出として、この車椅子を残しておいたのかもしれませんね。

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皇妃エリザベート(シシー)の肖像画として最も有名な、フランツ・ヴィンターハルター作の絵も置かれていました。

シシー博物館では撮影禁止ですが、王宮家具博物館では自由に撮影ができ、この絵の前で同じようなポーズをとっての記念写真もできます。

ここで疑問が湧いてくるのは、この絵は本物かということです。シシー博物館でも同じ絵を見て、感激した覚えがあります。この絵の所属を調べていくと、美術史博物館所蔵ということになっています。おそらく本物は博物館の奥に仕舞い込んであって、室内装飾の家具として複製品が複数造られたのではと想像します。

シシー・ファンにとっては、この絵の前の記念写真撮りだけでも訪れる価値があるでしょうね。

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皇帝フランツヨ・ーゼフ1世とエリザベート(シシー)の子供のベッド。皇太子ルドルフもこのベッドに寝かされたことになります。

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皇妃エリザベート(シシー)関連コーナー

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皇妃エリザベート(シシー)のドレス。

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体重計。

銭湯に置かれた体重計なみに塗装がはげて、使用頻度が高かったことがうかがわれます。

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皇妃エリザベート(シシー)の写真を張った衝立。

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誰が造らせたものなのでしょうか。皇帝フランツヨ・ーゼフ1世なのか、皇太子ルドルフなのか。

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さまざまな、皇妃エリザベート(シシー)の肖像画。

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皇妃エリザベート(シシー)の彫像。

左は、アントン・フェルンコルン製作による7才の少女エリザベートの胸像として知られていますが、ここにあるということは、複製品でしょうかね。

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皇太子ルドルフの子供用民族衣装。

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揺り籠。

立派な造りなので、皇太子ルドルフのものでしょうか。

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祈祷台。

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メキシコ皇帝マクシミリアンの棺。

なんでこのようなものがと思ってしまいますね。

皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の弟のマクシミリアンは、優れた軍歴の後に、1864年4月10日、フランスのナポレオン3世と帝政復活を望むメキシコの王党派の支援の下、メキシコ皇帝に即位しました。しかし、アメリカ合衆国を含む多くの国々は彼の帝国を承認せず、またメキシコの自由主義勢力が勢力を挽回させて保守派を破ると、強大化したプロイセンに対抗するためナポレオン3世はメキシコ支配をあきらめてフランス軍を撤退させてしまいました。マクシミリアンは退位を拒んでメキシコ人帝国軍と共に戦いましたが、1867年に捕虜となり処刑されてしまいました。

背後には、マネによる「皇帝マキシミリアンの処刑」と題する絵が映されていました。

処刑後、遺体は防腐処理されてメキシコで公開されましたが、ヴィルヘルム・フォン・テゲトフ提督の「ノヴァラ号」によって遺体はオーストリアに戻され、カプツィーナ教会の皇帝納骨所に埋葬されました。

ノヴァラ号によって遺体が運ばれる際に用いられたのが、この棺ということになります。

中古家具売り場から、ディープな世界に引きずりこまれてきました。

さすらいの風景 ウィーン その14

王宮家具博物館の続きです。

フランツ・ヨゼフ1世の王座

ウィーンの王宮におけるセレモニーで必要な時に、臨時に用いられたようです。

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フランツ2世の玉座

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カロリーネ・アウグステ・フォン・バイエルンの謁見室

カロリーネ・アウグステ・フォン・バイエルンは、オーストリア皇帝フランツ1世の4人目の妃です。子供はいませんでしたが、異母妹の一人のゾフィーがフランツ1世の三男フランツ・カール大公と結婚して皇帝フランツ・ヨーゼフ1世を、もう一人のルドヴィカが同族のバイエルン公マクシミリアン・ヨーゼフと結婚してその皇后エリーザベトをもうけています。

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マリア・ルドヴィカ・フォン・エスターライヒ=エステの部屋

マリア・ルドヴィカ・フォン・エスターライヒ=エステは、オーストリア皇帝フランツ1世の3人目の妃です。

同じような名前が出てきて混乱します。

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皇帝の寝台。

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Laxenburug Palace の皇帝の寝台

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オーストリア大公妃ゾフィーと大公フランツ・カールの寝室

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オーストリア大公妃ゾフィーの肖像画も飾ってありました。

ミュージカル「エリザベート」では、にくにくしげな初老の姿で登場しますが、ひけをとらない美人です。

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メキシコ皇帝マキシミリアンのトリエステの別荘の部屋

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皇妃エリザベートのブダペスト近郊のGoedoelloe城で用いられたキルト

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皇妃エリザベートのナイトガウンとビデ

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皇太子ルドルフの書斎机

拳銃や頭蓋骨が置かれているところに異常性が感じられます。

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皇太子ルドルフが造らせたトルコ風の部屋

シュテファニー・フォン・ベルギエンと結婚した1881年に私室を増築することになり、この部屋が造られました。

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マイヤーリンクの狩猟館における皇太子ルドルフのベッド

1889年1月30日、ルドルフは17才のマリー・ヴェッツェラを道連れに自殺をとげました。明け方に銃声を聞いた執事が施錠されたドアを斧で破って入ると、ルドルフとマリーがベッドの上で血まみれになって死んでおり、傍らに拳銃が落ちていたといいます。

マイヤーリンクの狩猟館におけるルドルフの部屋は、事件後に撤去され、その下に祭壇が設けられて教会に変わっていますが、その現場になったベッドが残されているとは驚きでした。

翌日に、マイヤーリンクを訪れることになるので、皇太子ルドルフへの興味が強まりました。

ハプスブルグ家の物持ちの良さには驚かされます。ミュージカル「エリザベート」の人気によって王宮内にシシー博物館ができましたが、ミュージカル「ルドルフ 〜ザ・ラスト・キス〜」が成功した場合にルドルフ博物館を作るだけの遺産は揃っているようです。

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家具と共に「プリンセス・シシー」の映画の場面が映し出されていました。

ドイツで製作された1955年の「プリンセス・シシー」、1956年の続篇「若き皇后シシー」、』、1957年の第三作「ある皇后の運命の歳月」はシシー三部作とも呼ばれますが、この映画の撮影では、この王立家具博物館所有の家具が用いられました。

日本では1959年、当時の皇太子御成婚記念映画として第一作が封切られましたが、その他の二作は劇場公開されませんでしたが、現在ではDVDで見ることができるようです。

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NHK・BSで放送された「プリンセス・シシー」をダビングしたものから切り取った画像です。場面は、バートイシュルにおけるお見合いの場面。

シシーを演じるのは、ロミー・シュナイダーです。ロミー・シュナイダーは、シシーを演じることによってアイドル的な人気を得ましたが、その代償として出演作の役は大衆向け娯楽作の甘い無害な歴史ロマンスのヒロインや清純な乙女といったものばかりになって悩むことになりました。しかし、家人の破産によって、意に反してシシーの続編に出演することになってしまいます。しかし、映画は大成功になってしまい、第四作の出演も望まれましたが、巨額の出演料を提示されても拒みとおしてしまいました。

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「プリンセス・シシー」は、アウグスティン教会の結婚の場面で終わっています。

第四作で、シシーの悲劇的な死が描かれるはずだったので、三部作で終わったことは残念なこととしかいえません。

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ロミー・シュナイダーは、アランドロンとの結婚(後に離婚)を機にフランスに渡って、フランスのトップ女優に登りつめます。

シシーを演ずることを嫌ったロミー・シュナイダーですが、1972年のヴィスコンティ監督の「ルートヴィヒ 神々の黄昏」で再び演ずることになります。ヴィスコンティによる映画や舞台への出演依頼によって、女優としての評価が高まったことによる恩返しだったのかもしれません。

私が皇妃エリーザベトについて関心を持ったのも、この「ルートヴィヒ 神々の黄昏」がきっかけでした。ただ、当初に興味を持ったのはワーグナーのパトロンでノイシュバンシュタイン城を建築した狂王ルートヴィヒの方でした。この映画でのシシーは美しく、ロミー・シュナイダーという名前を心に留めることになりました。34才頃の撮影ですが、16才の時のシシーよりも魅力が増しています。

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再び中古家具展風の展示になりました。

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まさに倉庫といった感じです。ここで面白かったのは、ここの廊下に並べてある椅子やソファーに、自由に座って確かめてくださいと掲示してあったことです。ちょっとした王宮気分が味わえました。

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給湯器が供えられたバス。

宮殿内では、文化の進歩にともなって、改装が行われていったようです。

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トイレ各種

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第一次大戦後のキッチン

これ以後は、新しい時代の室内装飾が展示されていました。

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上の階に上がると、Wappensaal Coats-of-arms Hallと書かれた豪華なホールが再現されていました。紋章ホールということのようです。

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王立家具博物館は、玉石混合の面白さがあり、じっくりと見れば発見のある場所でした。

さすらいの風景 ウィーン その15

王立家具博物館の見学後、国立歌劇場前まで地下鉄で移動し、そこで路面電車に乗り換えてベルヴェデーレ宮に移動しました。乗り込んだ路面電車の関係で、ベルヴェデーレ宮の下宮から入場しました。

ベルヴェデーレ宮の下宮から見た上宮。

ベルヴェデーレ宮は三回目になりますが、いつも上宮だけだったので、下宮も見学することにしました。

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ベルヴェデーレ宮は、トルコ軍からウィーンを救ったサヴォイ家のオイゲン公の離宮として建てられました。1714年から1716年にかけて下宮、1720から1723年にかけて上宮が建設され、
その後ハプスブルク家のマリア・テレジアが所有していました。

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下宮は、オイゲン公の住まいとして使われていたようです。

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絢爛豪華な鏡の間。

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鏡を使っているので、奥行きが増しています。

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また下宮に設けられた展示室には、モネの作品の特別展が行われていました。クリムトの風景画が一緒に並べられていたので、モネとクリムトの風景画の比較がテーマであったようです。

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下宮を出て上宮に向かいました。坂を登っていくので足にも負担がかかり、上宮から下宮に向かうべきであったと少々後悔しました。

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冬のため、噴水が停められているのは残念です。

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庭園の縁には、何体ものスフィンクスが置かれています。これはうずくまった像。

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こちらは、前足で立ったスフィンクス。

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振り返ると、残照の中に下宮が輝いていました。

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上宮に入ると、クリスマスツリーが置かれていました。

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上宮は、オーストリア絵画を展示した美術館になっており、クリムトやシーレの作品を見学することができます。撮影禁止のため、写真はここまで。

ガイドブックなどからまとめたオーストリア絵画館の記録は以下を見てください。

2011年のベルヴェデーレ宮の記録

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ベルヴェデーレ宮殿を出てクリスマスマーケットを見学すると、時間も遅くなって薄暗くなっていました。

歩き疲れたので、一旦ホテルに戻り、ひと休みしてから夕食に出かけることにしました。

さすらいの風景 ウィーン その16

ウィーン観光の三日目、午前中は予備日、午後はマイヤーリンクへのオプショナルツアー、夜はフォルクスオパーでのオペラ見物を予定していました。これまでに予定はほぼ終えていたので、午前中はリンク一周とシュテファン教会の見学を行うことにしました。

自然史博物館脇の駅から路面電車に乗りました。

三度目の今回も自然史博物館を見ることはできませんでした。

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国会議事堂

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市庁舎

クリスマスマーケットの閉まっている朝は、静かな雰囲気です。

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ヴォティーフ教会

ヴォティーフ教会は、1853年に皇帝フランツ・ヨーゼフ1世がハンガリー人による暗殺テロから無事であったことに感謝して、事件現場に造らせたネオゴシック様式の教会です。

この教会は、フランツ・ヨーゼフ1世とエリザベートの銀婚式の記念日である1879年4月24日に献堂されたといいます。エリザベートは、ハンガリーの自治権を認める陰の推進者であったし、この頃には夫婦の愛もすっかり冷めて旅に明け暮れていたはずなので、微妙な日を選んだということになりますね。

Schottentor-Universitaetにて一旦下車しました。夜にフォルクスオーパーに行く際には、この駅で乗り換えをすることになります。マイヤーリンクから戻ってからの移動に時間が無くなっていた時に迷わないように、偵察を行っておくことにしました。路面電車の乗り換えですが、地下一階部に出発ホームがあります。

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現在、路面電車でリンクを一周するには、一回乗換が必要になります。

Julius-Raab-Platzで乗換を行いました。

ドナウ運河に架かる橋に進んでみました。

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遠くにプラーターの大観覧車が見えていました。

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橋詰にはウラニア天文台がありました。

ウラニア天文台は、オーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の命によって建設され、天文台及び教育センターとして使用されていました。

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ドウナウ運河には、多くの川船が停泊していました。

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Julius-Raab-Platz駅近くには旧陸軍省があります。

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海軍省の前に立つのはラデツキー元帥の像です。

1785年にオーストリア軍に従軍し、対トルコ戦争やナポレオン戦争など多くのオーストリアの戦争に参加しました。

ウィーンのニューイヤーコンサートの最後に演奏されるヨハン・シュトラウス1世作曲の「ラデツキー行進曲」で名前が知られていますが、この曲は1848年に北イタリアの独立運動の鎮圧に向かうラデツキー元帥を称えて作曲されたものです。また、ウィーン料理の代表料理になっているウィーナーシュニッツェルは、ラデツキー元帥がミラノから持ち帰ったカツレツが元になったと言われています。

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再び路面電車に乗って、市民公園に移動しました。

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ここでのお目当ては、ワルツ王とも呼ばれるヨハン・シュトラウス(2世)像です。

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金色に塗られて輝いていますが、30年前に訪れた時は、黒いままの像でした。

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市民公園は、散策を楽しむ憩いの場になっています。

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公園内には、池が設けられていて、カモが遊んでいました。

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公園内には、幾つもの銅像が置かれていますが、ヨハン・シュトラウス(2世)像の他にも音楽家の像が幾つかあります。

これはシューベルト。

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ブルックナー

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レハール

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市民公園脇には、観光客向けのウィンナーワツルのコンサートやバレー上演が行われるクアハウスがあります。

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市民公園内にはクアハウスと向かい合ってステージが設けてあって、夏の時期にはウィンナーワルツの演奏が行われます。最初の訪問時には、偶然に演奏に遭遇して、しばらく立ち聞きすることになりました。

さすらいの風景 ウィーン その17

市民公園に続いて、リンク中心部に位置するシュテファン寺院にやってきました。

12世紀半ばにロマネスク様式の教会として建てられ、その後14~16世紀頃に後期ゴシック様式の現在の姿に改築されました。

二つの塔を備えており、写真で見えている南塔は137の高さを誇り、一方裏側にある北塔は資金難で68.3mの高さに留まっています。

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シュテファン寺院の内陣に入場しました。内陣は全長107mに及びます。

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ミサが行われるのか、椅子が並べられました。高い天井で音響が良いため、ここでコンサートもたびたび行われているようです。

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アントンピルグラムが彫刻した説教檀

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説教台の下に身を乗り出しているのが作者のアントンピルグラムだといいます。

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主祭壇

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フリードリヒ3世の墓。大理石でできた石棺は、蓋だけでも8トンあるといいます。

フリードリヒ3世は、フス戦争で混乱に陥ったボヘミアをオスマン帝国から防衛する任をオーストリア大公に託すという理由のほか、御しやすい人物という評判によって、選帝侯から皇帝に選ばれました。ところが、強敵に対しては、辛抱強く敵が去るのを待ち、選帝侯の予想に反して53年もの間帝位を占有し続け、ハプスブルク家の帝位世襲を成し遂げました。

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パイプオルガン

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エレベーターが設けられている北塔に上がりました。

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目の前に屋根のモザイク模様を眺めることができました。

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北塔からは、街の展望が開けていました。

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プラーターの大観覧車も見ることができました。

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252mの高さを持つドナウタワーも見えていました。

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北塔にはプンメリンと呼ばれる巨大な鐘が吊るされています。

プンメリンは、1683年にトルコ軍が敗退した際に残していった大砲などの武器を溶かし鋳造されました。建造当時、南塔にありましたが、第2次世界大戦末期の1945年4月、シュテファン教会は戦災で被害を受け、その際にこのプンメリンも南塔から落ちて、割れてしまいました。その後、壊れたプンメリンとその他壊れた大聖堂の別の鐘を合わせ、再鋳造したのが現在の鐘です。プンメリンは、毎年大晦日から新年になる時や国葬といった特別な時だけ鳴らされるようです。

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南塔は、北塔の頭上にさらに高く聳えていました。

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見下ろすと、かなりの高度感がありました。

歩いて登る南塔は、かみさんには無理そうなので諦めることにしました。また、カタコンペも最初の訪問時に見たので省略。

午前の観光は早めに切り上げてホテルに戻って休むことにしました。

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シュテファン教会でのコンサートというと、「サラブライトマンのコンサート・イン・ウィーン」が印象的でした。NHK・BSで数回放映されています。

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2008年1月に行われ、息が白くなる冷え込みの中、厚着をした観客の前で薄い舞台衣装で熱唱した姿は、迫力がありました。

さすらいの風景 ウィーン その18

4日目の午後はマイヤーリンクへのオプショナルツアーに参加することにしました。一旦ホテルに戻ってひと休みし、夜のオペラ見物のためにスーツに着替えをし、集合場所がアルベルティーナ前であったため、地下鉄でKarlsplatzに向かいました。

時間が少しあったので、リンクの南に位置するセセッシオンを見ていくことにしました。

セセッシオンは、ウィーンの芸術家集団「分離派」が、自ら築いた展示館です。「金色のキャベツ」と呼ばれる月桂冠の葉をモチーフにしたドームがシンボルになっています。

クリムトのベートーベン・交響曲第9番をテーマにした「ベートーベンフリース」の連作壁画が展示されています。見たかったのですが、時間が足りませんでした。

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その先に、アン・デア・ウィーン劇場があります。入り口はちょっと地味な感じです。

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アン・デア・ウィーン劇場は、モーツァルトの「魔笛」の台本で成功したエマヌエル・シカネーダーが、1791年に皇帝の認可を受けて建築した劇場ですが、当時の建物部分は脇の通りに面した「パパゲーノ門」しか残されていません。

開館よりほどなくしてシカネーダーは破産して劇場を手放してしまいますが、保持していた皇帝の認可によって芸術監督の座を守り、ベートーヴェンを音楽監督として招聘しました。

第二次世界大戦後、 劇場は空襲の被害を受けたウィーン国立歌劇場の代替としての役割をしばらく担いましたが、後に改装されてミュージカル専用劇場として使われるようになりました。最近では再びオペラハウスとして復活しました。

アン・デア・ウィーン劇場での初演作品は、主なものでも以下のものがあります。

ベートーベン 交響曲第3番「英雄」、交響曲第5番「運命」、交響曲第6番「田園」、歌劇「フィデリオ」
シューベルト ロザムンデ
ヨハン・シュトラウス2世 喜歌劇「こうもり」、喜歌劇「ジムシー男爵」
レハール オペレッタ「メリー・ウィドウ」、オペレッタ「ルクセンブルク伯爵』
クンツェ ミュージカル「エリザベート」、ミュージカル「モーツァルト」

錚々たる作品が初演されています。特にミュージカル「エリザベート」は、この劇場での上演がDVD化されているので、エリザベート・ファンには必見の劇場といって良いでしょう。

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アン・デア・ウィーン劇場の前には、ナッシュマルクトと呼ばれる市場が延びています。劇場名の「アン・デア・ウィーン」とは「ウィーン川に面した」という意味で、ナッシュマルクトのある場所には、ドナウ川の支流のウィーン川が流れていたことに由来します。

ナッシュマルクトは、ウィーンを代表する市場になっています。

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ピクルスの店

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チーズの店

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ドライフルーツやナッツの店

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Karlsplatzからアン・デア・ウィーン劇場に向かう途中の地下通路には、「MUSIK MEILE WIEN」と呼ばれる音楽家の星型プレートが埋め込まれていました。

先回のウィーン訪問時に、国立歌劇場前のプレートは気が付いていたのですが、他にも置かれていました。

指揮者クレンペラー。ドイツ音楽の大家ですね。

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コルンゴルト。若くから才能を発揮し、「モーツァルトの再来」と呼ばれる程の神童ぶりであったといいます。現在では、オペラ「死の都」やヴァイオリン協奏曲が人気の作品になっていますが、アメリカに渡ってからハリウッド映画のために作曲した「シー・ホーク」や「ロビン・フッドの冒険」は、「スター・ウォーズ」といった人気作曲家として活躍しているジョン・ウィリアムズなどに大きな影響を与えました。

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サリエリ。映画「アマデウス」では、天才モーツァルトの才能に嫉妬する作曲家として名前が広まりましたが、実際にはモーツァルトの才能を認め、モーツァルトの遺作「レクイエム」の初演も行っています。

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モンテヴェルディ。ルネサンス音楽からバロック音楽への過渡期に活躍したイタリアの音楽家で、ウィーンとは直接は関係ないと思うのですが。

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オッフェンバック。ドイツ生まれでフランスで活躍し、オペレッタの原型を造ったと言われています。「天国と地獄」中の「カンカン(ギャロップ)」は特に人気で、フランスのキャバレーのフレンチカンカンやレハールのオペレッタ「メリー・ウィドウ」で演奏されます。

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ドヴォルザーク。チェコ国民楽派を代表する作曲家。

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ランナー。ヨハン・シュトラウス1世と対決しつつワルツを磨き上げていった「ワルツの始祖」。

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バーンスタイン。アメリカの作曲家・指揮者ですが、晩年はウィーン・フィルと組んで名演奏を残しました。

国立歌劇場前のプレートは、以下に載せてあります。

2011年に見た国立歌劇場前のプレート

先回カラヤンのプレートが無いと書きましたが、歌劇場前のケルントナーリンク通りを渡った反対側の歩道にあるようです。次回という機会があるならば、下調べをしてから出かけたいと思っています。

さすらいの風景 ウィーンの森 その1

4日目の午後は、ミュー旅行社のオプショナルツアーを利用してウィーンの森半日観光に出かけました。6名の小人数の参加者であったため、マイクロバスでの移動になりました。

ウィーンの森は、ウィーンの北西から南にかけて広がるアルプス山脈の一番東に位置する丘陵地です。このうち北に位置するベートーベン縁のハイリゲンシュタットやワインの醸造所兼レストランのあるグリンツィングには、市内から路面電車を利用することができ、個人でも行きやすい地域になっています。それに反して、南西部にあるマイヤーリンクへは、交通の便が悪く、オプショナルツアーを利用する必要があります。

ウィーン周辺部の渋滞地帯を抜けると、車は丘の上へと高度を上げていきました。

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途中で、リヒテンシュタイン城がちらりと見えました。独立国のリヒテンシュタイン公国として知られていますが、ここがリヒテンシュタイン家の発祥地です。

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まずはゼーグロットを見学しました。ゼーグロットとは、洞穴の中にある湖という意味です。

元々は石膏鉱山で、約80人程の鉱夫が働いていたといいます。1912年に水脈に当たってしまい大量の水が流れ込んできてしまったため、閉山になってしまいました。1932年に観光用に利用することになって、足場の整備や配電設備が行われました。第2次世界大戦の末期には、ナチス軍によって、ジェットエンジンを搭載した飛行機の秘密工場として利用されました。

現在では、ウィーン近郊の観光地として人気が高いようです。

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ゼーグロットの内部構造の案内図です。左の入り口から坑道内に進み、奥でもう一階分を下って地底湖に出ることになります。

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最初は、狭い坑道が続きます。地面にはトロッコのレール跡は残されています。

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製造された飛行機は、分解して外に運び出されたそうです。

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昔の石灰採掘を再現した人形も展示されていました。

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夏は肌寒いようですが、冬のために内部も外と気温は変わりませんでした。

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坑道は、貧弱な木材で補強されている所もありました。日本だったら、地震による落盤の恐れということで、閉鎖でしょうね。

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丘の上の建物から下りてくる地下ホールへの入り口がありました。

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鉱山では馬も使われていたようですが、20年間も暗い中で作業するため、皆視力を失ってしまったといいます。

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映画で使われた牢屋のセットが残されていました。この映画については、最後にまとめることにします。

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坑道から地底湖を眺める場所がありました。ライトアップされて神秘的な眺めが広がっていました。

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鉱夫たちが祈りをささげた祭壇。

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飛行機の小さな模型が置かれていますが、ここで秘密裏に飛行機が造られたといいます。

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なにやら作業機械も残されていました。

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教会として使われていたスペースのようです。

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いつの間にか、広い通路に変わってきました。

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古い船が置かれていました。

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ここで、階段を下ると地底湖が現れました。

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地底湖でボートに乗りました。20人ほど乗れるボートですが、他に観光客はいないため貸切状態でした。夏のシーズンには乗船待ちの列もできるといいます。

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地底湖には竜頭の船が浮かんでいますが、これも映画で使われたものです。

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静まり返った水面をボートは進んでいきました。

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地底湖の深さは、1~2m程で、現在でも排水を行って水位を調節しているようです。

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水面が鏡のように風景を反射しているのが神秘的です。

10分弱で一周して、ボート乗船は終了しました。後は、来た道を戻ることになりました。

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このゼーグロットで撮影された映画についてふれることにしましょう。

三銃士については、多くの映画が作られていますが、ここで撮影されたのは、1993年のウォルト・ディズニー・ピクチャーズ製作の映画です。映画としては、可もなく不可もなく、気楽に見ることのできるといったところです。

ちなみに、画面は最後近くの、ダルタニアンが銃士になった後の場面です。右から二番目がダルタニアンです。ダルタニアンは、題名の三銃士ではないのがおかしなところです。

三銃士は、アレクサンドル・デュマ・ペールの書いた全11巻に及ぶ「ダルタニアン物語」の中の初めの部分だけを取り上げて映画にすることが一般的になっています。「読まずに死ねるか」レベルの面白い小説なので、是非通読することをお勧めします。以前出版されていた講談社文庫版は絶版になって、復刊ドットコムで手に入れることができるようですが、高い値段になってしまいます。図書館で借りて読むのが、良いでしょう。

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牢獄の場面。

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映画の冒頭で、地下牢へと続く水路を進む竜頭のボート。

映画撮影終了時、これらのセットは撤去されるはずでしたが、ゼーグロットの持ち主が残すことを希望したとのことです。

ゼーグロットは興味深い所ではありますが、見所の多いウィーンでわざわざ訪れるほどのことはないように思います。オプショナルツアーに含まれているので、マイヤーリンクのついでにということになるでしょうね。

さすらいの風景 ウィーンの森 その2

ゼーグロットからそう遠くないところで、一旦、停車になりました。

見えている建物は、ガストホーフ・ヘルドリッヒスミューレと呼ばれるレストランです。かつてシューベルトがこの建物に住んで、ここで菩提樹他の作曲が行われたといいます。

建物にシューベルトの顔が描かれています。

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入り口にあるのが、歌集「冬の旅」の5曲目で良く知られている「菩提樹」の木です。

 泉に沿いて 繁げる菩提樹
 慕たい行きては うまし夢見つ
 幹には彫(え)りぬ ゆかし言葉
 うれし悲しに 訪(と)いしそのかげ

かつては、ここには小川が流れて、水車小屋があったようです。

「冬の旅」の季節にあってはいますが、葉が落ちた木は、菩提樹なのか判りませんね。

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続いて、ハイリゲンクロイツ修道院に向かいました。到着手前の丘に、小さな教会が置かれていました。

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ハイリゲンクロイツ修道院は、レオポルト3世によって1133年に創建されたシトー派の修道院です。「ハイリゲンクロイツ」とは聖十字架を意味し、イエス・キリストが磔にされた十字架の木片の一部がこの修道院に運び込まれたことからその名前がつけられています。

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修道院の入り口。

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ネギ坊主型の尖塔。

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中庭に進みます。

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中庭の中央にはペスト塔が置かれています。

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中央のファサードはロマネスク様式で、教会への入り口になっています。

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教会内部

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主祭壇

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ハイリゲンクロイツ修道院の前庭でも小規模のクリスマスマーケットが開催されていました。

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店開きは夜になってからのようです。

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ハイリゲンクロイツ修道院では、この他に、身廊や泉水盤といった見所があるようですが、このツアーでは含まれておらず、コーヒーを飲んでからマイヤーリンクへと向かいました。

ウィーンの森のオプショナルツアーはもう一社で催されており、そちらはゼーグロットの代わりに身廊の見学が含まれていたので、日程が合えばそちらの方が良かったのかもしれません。

さすらいの風景 ウィーンの森 その3

今回の「ウィーンの森」訪問での目的であったマイヤーリンクにやってきました。

丘の上に立つのが、ハプスブルグ家ゆかりの狩りの館です。

1889年1月30日、皇太子ルドルフが、マリー・ヴェッツェラ男爵令嬢を道連れに拳銃自殺した場所です。事件後、皇帝フランツ・ヨーゼフは、狩猟の館をカルメル修道会に捧げ、 皇太子が亡くなった寝室の部分を中心に取り壊し、小さな教会を作らせました。

横から見ると、教会部分が周りの建物とマッチしておらず、後で付け加えられたことがはっきりと判ります。

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教会の入り口。

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入り口の扉。細かい彫刻が施されています。

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教会の内部。豪華な造りですが、内輪の礼拝堂のために、室内はそれほどの広さはありません。ルドルフの寝室を取り壊して吹き抜けにして、ベッドの真下に祭壇が造られています。

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祭壇の上には、三位一体の絵が飾られています。

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礼拝堂内部には、聖母像が置かれていました。エリーザベトの母親としての哀しみが伝わってきます。

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礼拝堂の装飾に目が引かれます。

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守護聖人でしょうか。

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ステンドグラスも美しいものが飾られていました。

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礼拝堂の背後の部屋には、マイヤーリンク事件関連の資料が展示されていました。

ルドルフは、オーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世とエリーザベトの間に生まれました。母エリーザベトに代わって、厳格な祖母ゾフィーにより育てられ、スパルタ式教育を施されたことによって、ルドルフは内気で意固地な性格に育ちました。後に、エリーザベトが公式に親権を取り戻すと、7歳以降のルドルフの教育方針は一転しました。エリーザベトが付けた教育係は皇后好みの自由主義の信奉者であっため、ルドルフも自らの出自にもかかわらず貴族に対して批判的な態度を持つ自由主義者として育っていき、皇帝ヨーゼフと政治的に対立する立場を取るようになっていきました。その際、エリザベートは、宮廷を離れて旅の日々を送っており、ルドルフの助けにはなりませんでした。

1881年、ルドルフはベルギー王レオポルド2世の次女ステファニーと結婚し、娘も生まれましたが、性格の不一致は深刻なもので、2人の仲は冷え切ってしまいました。ルドルフは、結婚前からのことですが、貴族専門の娼婦や女優たちとの関係を続けることになりました。

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1888年末頃、ルドルフは16歳の男爵令嬢マリー・ヴェッツェラと出会うと、恋に落ちました。ルドルフは、教皇レオ13世に宛ててステファニーとの離婚を求める書簡を送りましたが、教皇は「不許可」と回答し、この返書はルドルフにではなくローマ駐在の外交官を通じてフランツ・ヨーゼフ1世にが渡されたために一切が洩れてしまい、父帝の激しい怒りを呼び起こしました。

ここで頭に入れておくべきことは、男爵とは首尾よく爵位を"買う"ことはできた下級貴族ということで、ウィーンの旧弊な貴族社会には受け入れられない地位であったということです。

ルドルフはドイツ帝国宰相ビスマルクに不信感を抱いていたため、帝国のドイツ頼みの政策を嫌い、ロシアとフランスとの同盟を構想して画策しますが、新聞によって暴露されてしまいます。1889年1月26日、ルドルフは、激怒した父帝によって激しい叱責を受けました。

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1889年1月29日、ルドルフはマリー・ヴェッツェラとともにマイヤーリンクの狩猟館に馬車で向かいました。翌30日、2発の銃声を聞いた執事が駆けつけると、ルドルフとマリーがベッドの上で血まみれになって死んでおり、傍らに拳銃が落ちていました。

まさか、その拳銃が展示されているとは思いませんでした。

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はじめ、事件は「心臓発作」として報道されましたが、じきに「情死」としてヨーロッパ中に伝わり、様々な憶測を呼ぶことになりました。政治的暗殺が行われたという話もありますが、
事件の前の晩に、ルドルフはお気に入りの高級娼婦のミッツィ・カスパルを訪ねて共に過ごし、彼女に心中を持ちかけたが一笑に付されたため、仕方なくマリーを死出の旅の道連れに選んだとも言われています。

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17才で亡くなったマリー・ヴェッツェラは、死亡を偽装するため毛皮のコートを着せられ、帽子をかぶせられて、ハイリゲンクロイツ修道院に馬車で運ばれました。

そこで、できあいの木の棺に入れられて、ハイリゲンクロイツの墓地に埋葬されました。その後、銅でできた豪華な棺に入れて埋葬され直されました。

しかし、マリー・ヴェッツェラの悲劇は続き、第二次世界大戦中の1945年と1992年に墓が暴かれて、その都度埋葬しなおされることになりました。

この木の棺は、最初に使われた木の棺のようです。

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このマイヤーリンク事件は、世間の話題になり、いくつもの本が書かれました。その中でも有名なのが、フランスの作家クロード・アネ作の「うたかたの恋」です。

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見学を終えて、丘の下の受付棟に戻りました。

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ここでも、マイヤーリンク事件に関する写真の展示が行われていました。

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なお、マイヤーリンクの教会内の撮影は禁止だったという旅行記も見られますが、ガイドからは、どんどん写真を撮ってくださいと言われました。

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このマイヤーリンク事件は、クロード・アネ作の「うたかたの恋」の人気もあって、映画になって、これも評判を呼びました。

これはルドルフをシャルル・ボワイエ、マリーをダニエル・ダリューが演じた1936年の映画です。

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これは、マイヤーリンクの館での最後の場面。

美男・美女が演じるので心中事件として納得がいくのですが、実際のルドルフの言行を考えると、疑いが湧いてきます。

フランス人は、この「うたかたの恋」が特にお気に入りのようで、1968年には、ルドルフをオマー・シャリフ、マリーをカトリーヌ・ドヌーヴで再映画化されています。こちらは、レンタルビデオ屋で見つかりませんでした。二人とも名優には違いないけど、ちょっとイメージが違うような気もします。

現在のマイヤーリンクの訪問客もフランス人が多いようです。

マイヤーリンク訪問によって、ミュージカル「エリザベート」の重要な場面を体験することができました。ここには、トートの影がただよっているような気もしました。

さすらいの風景 ウィーン その19

「ウィーンの森」観光を終えてウィーン市内に戻り、急いでオペラ観劇のために、ウィーン・フォルクスオーパーに移動しました。フォルクスオーパーは、中心地から少し離れているため、路面電車とバスの乗り換えが必要になりますが、便も多く、移動はしやすい場所にあります。

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ウィーン・フォルクスオーパーは、ウィーンにおいてウィーン国立歌劇場に次ぐオペラハウスで、劇場名の「Volksoper」とは「大衆オペラ座」のような意味で、オペレッタやミュージカルも上演されています。この劇場での最も代表的な演目は、レハール作「メリー・ウィドウ」といって良いでしょう。

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今回のウィーン旅行では、スケジュールが厳しいため、夜のオペラ見物は難しいかと思っていたのですが、やはり諦めきれずに、一週前にネットでチケットを購入しました。

この夜は、ウィーン国立歌劇場では、ロッシーニ作「チェネレントラ」が上演されており、普通なら、こちらが第一選択になるはずですが、問題は演出です。舞台写真を見ると、登場人物は、現代の服装のようでした。「読み替え」演出で不愉快な思いをするのもいやなので、「チェネレントラ」は諦めることにしました。

ウィーン・フォルクスオーパーの演目は、フンパーディンク作「ヘンゼルとグレーテル」。欧米ではクリスマスなどに子供連れの観客向けに上演されることが多く、そのため「読み替え」演出が主流のドイツでも過激な解釈は控えられがちなのも好都合です。CDやビデオも何組も持っており、場面とメロディーは頭の中に入っています。

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気楽に見ようと思って、中クラスの切符を申し込んだのですが、「そのクラスでも手配できるが、一番良い切符を勧める」という内容のメールの返事が戻ってきました。1万円少々の座席なので、アドヴァイスに従って(金払いの良いカモだったのかもしれませんが)良い席を申し込みました。おかげで、右寄りでしたが、前から三番目という、見やすい席を手に入れることができました。日本での引っ越し公演となれば、一番良い席は数万円を覚悟する必要があり、それに比べれば安いということになります。

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ウィーン・フォルクスオーパーのロビー。到着が早かったので、人は集まっていませんでした。切符の受け取りも、印刷してもってきたバウチャーを見せて、すぐに受け取ることができました。

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ウィーン・フォルクスオーパーの収容観客数は、着席1473人・立席102人ということで、建物の装飾は比較的地味です。

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ボックス席は、子供を連れた家族が大部分を占めていました。

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子供が、興味深そうにオーケストラボックスをのぞいていました。

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チューニングが始まると、知っているメロディーが流れてきて、期待が高まります。

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ヴィオラのパート譜。

フンパーディンク作「ヘンゼルとグレーテル」は、ワーグナーとリヒャルト・シュトラウスの間の時期における最も成功した作品です。「ヘンゼルとグレーテル」は、リヒャルト・シュトラウス指揮によりヴァイマルで初演されました。

フンパーディンクは、一時ワーグナーの下で働いていたこともあり、その影響を大きく受けています。ワーグナーの音楽を、軽快で明るく判りやすくしたものといえます。

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オペラは、長い序曲で始まります。楽しめる曲ですが、子供は少し退屈しはじめたようです。三幕仕立てで、二幕が終わった所で休憩。

演奏が終わった後のカーテンコールで、写真撮影を行いました。舞台セットは、お菓子の家です。意外に地味だったのは少し残念でした。右にヘンゼルが閉じ込められた檻、左に魔女を焼き殺した竈があります。

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歌手は、いずれも素晴らしい歌唱力と役にあった容姿で楽しませてくれました。

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ウィーン・フォルクスオーパーは、「メリーウィドウ」に続いて二回目ですが、今回も楽しむことができました。

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劇場で買ったプログラムですが、子供向けオペラということで、面白い仕掛けになっていました。

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上半分が仕掛け絵本になっており、下半分に粗筋が書いてありました。手書き文字のために読めませんが。

第一幕。

貧しいほうき職人の夫婦ペーターとゲルトルート、2人の子供のヘンゼルとグレーテルが住んでいました。ある日、留守番をしていた兄妹が言いつけられた仕事に飽きて、遊んでいるところにゲルトルートが帰宅します。仕事もせずに遊んでいることに腹を立てて、ゲルトルートは、ヘンゼルにお仕置きをしようとしますが、ミルクの入ったつぼを割ってしまいます。唯一の食料がなくなり困ったゲルトルートは、子供たちを森へいちごを摘みに行かせます。

そこに、箒が売れて食料をたくさん持ったペーターが、陽気に歌いながら帰宅し、ゲルトルートは機嫌を直します。しかし、子供たちが森へ行ったことを知ったペーターが、森にはお菓子の魔女が住んでいて子供を捕まえて食べてしまうと語り、2人は森へ子供たちを捜しに出かけます。

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第二幕

兄妹が、森の奥でいちごを摘みながら遊んでいると、日が暮れて帰れなくなってしまいます。木陰には、物の怪が見え隠れするようになります。怯える兄妹を、眠りの精が優しく眠らせてあげます。二人が眠りに落ちると、14人の天使が天界から降りてきて、二人を守るためのベールを掛けます。

この14人の天使の登場場面は、オーケストラ伴奏のパントマイムだけですが、見所の一つになっています。ニューヨーク・メトロポリタン劇場のビデオでは、宙吊りで下りてきましたが、ウィーン・フォルクスオーパーでは、階段から下ってきました。この場面があるため、クリスマスシーズンでの上演演目になっているようです。

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第三幕

露の精の歌で兄妹が目を覚ますと、魔女が魔法で作ったお菓子の家が霧の中から現れます。喜んでお菓子の家を食べていると、家の中から魔女が出てきて、2人は捕まってしまいます。ヘンゼルが食べられそうになりますが、機転を利かせて逆に魔女を竈に押し込めてしまいます。竈が爆発すると、魔法により閉じ込められていた他の子供たちも助け出され、そこに助けにやってきた両親が到着します。兄妹が無事であったことを神に感謝する歌で、オペラは終わります。

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今回もウィーン国立歌劇場でのオペラ観劇はできませんでしたが、このウィーン楽友協会も体験したい所です。ウィーン再訪の機会がありますやら。

これでウィーンの観光も終わりになって、五日目は日本へ戻るだけになりました。

さすらいの風景 ウィーンの食

ウィーンの食の魅力にケーキが挙げられます。パッケージツアーにカフェクーポンが含まれていたので、ホテル・ザッハーの券を頼んでおきました。

ホテル・ザッハーのショー・ウィンドウは、ドールハウス風の可愛らしい飾り付けがされていました。

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ホテル・ザッハーのカフェは、観光客で混雑していました。

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食するのは、もちろんザッハトルテ。こってりとした濃厚な味わいで、腹ごたえもあり、これが昼食代わりになってしまいました。

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こちらは、ウィーンの王室ご用達のケーキ店「デメル」。

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ショー・ウィンドウの飾り付けは、今回に限っては、ホテル・ザッハーの方が勝のような気がしました。

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入り口付近は、売店になっています。

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ここでは、ドイツのクリスマスケーキを代表するシュトレンを買いました。

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ケーキを食べたかったのですが、満席で諦めました。

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注文するために、ケーキにはそれぞれ名前が書いてあります。

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夕食を終えてホテルに戻ってからケーキを食べたかったので、アイーダで買って持ち帰ることにしました。

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アイーダは、日本でいうなら不二家といった感じの、庶民的なケーキ屋です。あれこれ迷います。

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結局買ったのは、モンブランと名前不明のケーキ。ウィーンのケーキは、ボリュームもあり、こってり甘く、それが癖になって日本のケーキが物足りなくなります。

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クリスマスマーケットでの買い食いが目的であったため、レストランでの食事は、ほとんどしませんでした。

これは、セルフサービス・レストランのローゼンベルガーでの夕食。ウィンナーシュニッツェルとグラーシュ。

歩き疲れた後のセルフサービス・レストランでの食事は気楽ですが、料理内容は簡単なもので、添え物を付けると結構な値段になってしまいます。これなら、魚料理のセルフサービス・レストランであるノルドゼーの方が好みです。

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一応、きちんとしたレストランで食事をしなければということで、ミュラーバイスルに入りました。ここには、日本語メニューがあります。ネットでは、「オーストリア人が普段食べている伝統的な郷土料理を、手頃な値段で食べられるレストランです。」と紹介されていました。

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まずは、ビール。

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最初に、スープ。

これは、フリタッテンズッペ。細切りクレープ入りコンソメスープです。

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レーバークネーデルズッペ。レバーひき肉団子入りのコンソメスープ。

テーブルに置いてあるパンも美味しく、スープとパンだけでも腹いっぱいになりそうでした。しかも、途中で暖かいパンを追加として持ってきてくれました。

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メインの一つは、ターフェルシュピッツ。スパイス入りのスープで柔らかく煮込んだ牛肉のスライス。リンゴムースか西洋わさびを付けて食べます。

写真は、ウェイターが、テーブルサイドできれいに盛り付けていったものです。

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厨房からは、このような鍋ごと運ばれてきました。中には、肉がまだ二枚に、野菜も沢山残っていました。二人で分けても充分な量なので、二人前は頼まない方が良いでしょうね。

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もう一品は、白身魚のムニエル。下に置いてあるパスタが結構な量でした。

腹いっぱいになり、とてもデザートまではいきませんでした。

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ウィーン市内の地下鉄や路面電車の駅には、サンドイッチの店があり、昼食にはこれがうってつけです。とくに、ハム類を量り売りしている店のサンドイッチは、中身もボリュームがあり、日本人の感覚でもお値打ち感がありました。

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ウィーンを訪問すると、ザッハートルテを土産に買うのが恒例になっています。専用の売店コーナーもできて買いやすくなっています。

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ケーキは、詰め物とともに木の箱に入っているので、日本までの持ち帰りには問題はありません。

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日本への土産は、ホテル・ザッハーのものだけと考えていたのですが、ウィーンの空港に、デメルの売店があり、ザッハトルテを売っていたので、こちらも買ってしまいました。

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こちらも、ありがたそうな木箱入り。

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途中で暖かい所に置いてしまったのか、包み紙に表面のチョコレートがついてしまったのは失敗でした。

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カットしたデメルのザッハートルテ。ホテル・ザッハーのものを買ったので、こちらは一番小さい物を買いましたが、もっと大きい物を買えばよかったと後悔しました。

上のチョコレート板が、ホテル・ザッハーのものは丸なのに対し、デメルのものは三角です。

味の方はというと、ホテル・ザッハーのものは、中にアンズジャムが挟んであり、チョコレートもずしんと甘い感じです。デメルのものは日本でもありそうな味なので、ウィーンならではのこってりした甘さのホテル・ザッハーのものの方が好みです。

ザッハトルテには、歴史的なエピソードがあります。

ザッハトルテは、1832年に、メッテルニヒに仕える料理人の一人だったフランツ・ザッハーが考案しました。ザッハトルテは大評判となり、後に次男のエドゥアルトがホテル・ザッハーを開業すると、ザッハトルテはそのレストランとカフェで提供されるようになりました。

ザッハトルテのレシピは門外不出とされましたが、ホテル・ザッハーが営業不振に陥った時、資金援助をしたウィーンの王室ご用達のケーキ店「デメル」が、代償にザッハトルテの販売権を得ました。俗説としては、デメルの娘がザッハーの息子に嫁いだ際にレシピが流出したとする話がありますが、これは実際と異なるようです。

ついにはホテル・ザッハー側が、デメルを相手取って商標使用と販売の差し止めを求めて裁判を起こす争いに発展しますが、7年に及ぶ裁判の結果、ホテル・ザッハーにもデメルにも双方にザッハトルテの販売を認める判決が下ってしまいました。その結果、デメルのものはデメルのザッハトルテとして、ホテル・ザッハーのものはオリジナルザッハトルテとして売ることになりました。

このような歴史的な争いに反して、現在では、ザッハートルテはチョコレートケーキの一般的名称になって、他のカフェやケーキ店で提供されるまでになっています。

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デメルで買ったシュトレン。

ドイツ及びオーストリアでは、クリスマスを待つアドベントの間、少しずつスライスして食べる習慣があります。楕円形で真っ白でやわらかな粉砂糖に覆われた外観は、幼子イエスを包むおくるみを見立てたものと言われています。

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生地にはドライフルーツやナッツが練りこまれており、アドベントの間食べていく間に味が少しずつ変わってきます。

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デメルのチョコレートとして有名な、ネコ舌チョコ。

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スーパーで購入したミルカの板チョコ。

ウィーンといえばモーツァルトチョコが定番ですが、チョコレートを買いすぎて、今回はパスとなりました。

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ウィーンの菓子として有名なマナーのウエハース。オーストリア航空の機内食でも出てきました。

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空港の免税店で買ったオーストリアワイン。栓の蓋がオーストリア国旗の紅白色になっているのが印です。リースリングを買いましたが、甘めでさっぱりした味でした。

ウィーンは、酒のみにも甘党にとっても楽しめる街でした。

さすらいの風景 ウィーンから成田

帰国日の第4日目は、ゆっくり起きて朝食をとり、空港へ送ってもらいました。

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昼過ぎの出発ですが、時間に余裕をもたせると空港への移動しかできませんでした。、

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出国手続きを終えて出発ゲートに向かうと、デメルの売店がありました。ここで、デメルのザッハトルテを買うことになりました。ホテル・ザッハーのものはすでに買ってあったのですが、食べ比べをしたくなってのことです。

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離陸してほどなく、飲み物のサービス。

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昼食相当の機内食。これは、パスタ。

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これは、肉の炒め物にライス。

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機内ではiPODで音楽を聞きながらうつらうつらするのが通常ですが、機内のオーディオプログラムをのぞいてみました。音楽の国の飛行機とあって、クラッシック音楽もかなりありました。ただ、新譜なのかもしれませんが、一般受けはしないマイナーな曲ばかりという印象でした。

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ミュージカルのタイトルを見ていくと、「エリザベート」がありました。「エリザベート」の20周年を記念して2011年から2012にかけてドイツ語圏で公演したツアー・カンパニーによるケルンでの公演を収録した最新ライブ盤CDです。

エリザベートを訪ねての旅の締めくくりにふさわしい曲ということで、これを聞きながらの旅になりました。

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到着前の朝食。早朝とあって、食欲がありません。

無事に成田に到着して、新潟に戻る途中、停電による新幹線のストップというアクシデントもありましたが、影響も最小限で済んで新潟に戻ることができました。

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おまけの話をひとつ。

ウィーンのホテルで手に入れた日本語の情報誌です。

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その中にあった、「ウィーン 知らなくてもいい話」を興味深く読みました。

「カイザリン・エリザベート号の最後」についての話です。

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オーストリア海軍のカイザリン・エリザベート号は、第一次大戦前の1892年にカイザー・フランツ・ヨーゼフ1世級防護巡洋艦の二番艦として建造されました。

ここで不思議に思うのは、内陸部にあるオーストリアがなぜ海軍を持っていたかということですが、当時はイタリアやアドリア海沿岸部にも領地がありました。サウンドオブミュージックの主人公のモデルになったゲオルク・フォン・トラップ(大佐)は、第一次世界大戦に潜水艦艦長として従軍し、オーストリア海軍の国民的英雄となっています。

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カイザリン・エリザベート号は、1914年に日本を表敬訪問し、その帰路、上海に停泊している時に第一次大戦が勃発しました。オーストリアはドイツと同盟していた為に、カイザリン・エリザベート号は青島へ向かい、ドイツ軍と合流しました。一方、日本は英国と同盟を結んでおり、中国への進攻の意図もあって、青島に要塞を築いていたドイツ軍を攻めることになりました。

攻める日本軍2万人に対し、青島要塞を守るのはドイツ軍4000人とオーストリア軍艦に乗る400名だけでした。カイザリン・エリザベート号は、上陸した日本軍に砲撃を加えますが、砲弾も尽きて、乗組員は上陸して要塞のドイツ軍と合流しました。放棄されたエリ-ザベト号は、青島港内で自爆沈没しました。

2ヶ月に及ぶ青島攻防戦は、ドイツ兵・オーストリア兵の投降によって終わりました。捕虜は、徳島や習志野などの収容所に送られて、そこで5年を過ごすことになりました。なお、徳島の収容所で捕虜がベートーベン第九交響曲を演奏したのが、日本初演となっています。なお、この戦いで捕虜になった中には、菓子職人のユーハイムがいました。ドイツ人捕虜が作った作品の展示即売会を開催することになって、バウムクーヘンを作ったのが、日本での初製作ケーキになりました。

悲劇の皇后エリザベートの名前をもらった軍艦は、やはり悲劇的な運命をとげました。この軍艦の命名については、明治天皇の撃沈したとき失礼だろということで「日本の軍艦の艦名に人名はふさわしくないという」意見が正しいように思えます。

(これにて、ウィーン旅行記は終了です。)

さすらいの風景 キナバル山 その1

2015年最初の海外旅行は、まだ訪れていないマレーシアに行ってみようかと思っていましたが、一般的なクアラルンプールを中心とした観光ではなく、キナバル山の登山に出かけることになってしまいました。

キナバル山は、マレーシア・ボルネオ島北部にあるマレーシア最高峰で、4095mの標高を持っています。登山道や宿泊施設が整っているため、日本人にも4000m峰登頂の目的で人気の高い山になっています。

個人旅行ではめんどうなので、西遊旅行社のツアーを利用しました。スケジュールは、以下のようなものです。

第一日目 2015年2月12日(木)
 成田発 10:30(MH-89)クアラルンプール着 17:05
 クアラルンプール発 19:00(MH-2606)コタキナバル着 21:35
  (コタキナバル ベストウェスタンダヤホテル泊)
第二日目 2月13日(金)
 コタキナバル・パークヘッドクォータ→3300mの山小屋
  (レマイン小屋)
第三日目 2月14日(土)
 3300mの山小屋→キナバル山→3300mの山小屋
  (レマイン小屋)
第四日目 2月15日(日)
 3300mの山小屋→マシウラ
  (マシウラ・ネイチャー・リゾート泊)
第五日目 2月16日(月)
 コタキナバル見学
 コタキナバル発 18:55(MH-2631)クアラルンプール着 21:30
 クアラルンプール発 23:35(MH-88)
第六日目
 成田着 7:15

一般的には、キナバル山を登頂した後は、そのまま来た道を戻って登山口に下山しますが、このツアーでは登頂後に山小屋にもう一泊してから翌日別のコースのマシウラ・ルートで下山します。

10名の参加で日本からの添乗員が付くことになっていましたが、8名であったため現地の日本語ガイドのみになりました。東京から4名、関西から4名の内訳で、そのうち男性は3名、女性は5名でした。夫婦連れはおらず、一人参加ばかりであったのは、通常のツアーと違っていました。

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出発の時間の関係で、京成成田駅前のビジネスホテルに泊まりました。旅行が近づいたところで空港近くのホテルの予約をネットで調べると、結構前であるのに満席になっていました。2月19日の春節に合わせて、中国人観光客が大挙して訪れているようでした。

成田からはコタキナバルまでの直行便があるのですが、クアラルンプール経由の大回りになりました。これは関西からの参加者の都合を考えたものでしょう。

マレーシア航空は、先日の二度に及ぶ航空機事故で人気がなくて空いているだろうと思っていたのですが、専門学校の研修旅行の団体も入っており、ほぼ満席でした。ただ、通路側の席をもらったのですが、窓際が空席であったため、行きは二席を占領して窓からの風景を楽しみながらのフライトになりました。

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楽しみの一つである機内食。ビーフと頼んだら、日本食だったのか卵とじのようなものが出てきました。

マレーシアはイスラム教国ですが、機内食ではビールを楽しむことができました。ただ、マレーシアでビールは作られていないようで、ヨーロッパ系や東南アジア系のビールが流通しています。

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最近では、iPODで音楽を聞きながら、フライトマップを見ながら時間を過ごすのが通例になっています。

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成田を出発すると海上を飛び続けましたが、フィリピン付近になると島を見下ろすことができるようになりました。

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この島には、山地が広がっているようです。

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飛行機は最終目的地のコタキナバル近くの海上を通過しました。

目をこらすと、遠くに山らしき姿が見えました。

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山頂部に小ピークを連ねた台形の山が、雲の上に姿を現していました。かなりの高さを持つ山のようで、これがキナバル山のようです。

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到着前の二回目の食事はサラダロールの簡単なものになりました。ビールが飲めたので良しとしましょう。

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クアラルンプールに到着してから入国手続きを行い、国内線に乗り換えました。ここで関西組の4名と合流することができました。

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コタキナバルへは、国内線といっても2時間半もかかります。クアラルンプールまで来てから引き返すので、乗り換え時間を除いても5時間も余計に飛行機に乗ることになります。

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再びフライトマップを見ながら時間を過ごすことになりました。

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フライトマップの画面が切り替わる途中、見かけないモードが現れました。飛行機の飛んでいく方向に加えて、メッカの方向が示されていました。メッカの方向を示す印はキブラシールと呼ばれて、イスラム教の国のホテルでは天井に張られていることがありますが、飛行機では初めてでした。礼拝の方向は良いにしても、国際線で日の出や日没時間がおかしくなる場合、礼拝時間はどのように決めるのでしょうね。

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コタキナバルへは国内線ですが、時間もかかるため機内食が出てきました。カレーで、美味しく食べることができました。ただ辛かったので、ビールがあればもっと食事を楽しめたはずです。

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コタ・キナバルに到着すると、ボルネオ島のサバ州に入るための入境検査が再度ありました。このような国内での入境検査があるのは、かつてマレーシアが連合国であり、強い自治権が残されているためのようです。

現地ガイドとも無事に合流でき、コタキナバル市内のベストウェスタンダヤホテルに向かいました。

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ベストウェスタンダヤホテルは、街の中心地にあって場所は良いですが、少々古びてビジネスホテルといったところでした。遅く到着して寝るだけなので、不満はありませんけど。

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部屋の壁には、キブラシールが張られていました。

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時間も遅くなっていましたが、ホテル周囲をひと回りすることにしました。

コタキナバルは、思ったよりも都会でした。大通り沿いにはケンタッキー・フライドチキンもありました。

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夜もふけてきていましたが、レストランは戸外で食事をとる客で賑わっていました。

南国の夜特有の心地よい熱気が広がっていました。

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ホテルの近くにセブンイレブンがありました。

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この晩の夜食とビールは日本から持ってきていましたが、ビールを買いました。ビールの値段は、イスラム教の国ということで高めで、日本と同じ値段でした。

翌日の出発は6時半と早く、しかも登山荷物を自分持ちとポーターへのあずけ用、スーツケースに入れておく下山後の荷物に分ける必要がありました。

シャワーを浴びて、ビール片手に翌日の準備をしてから寝ました。

さすらいの風景 キナバル山 その2

二日目、薄暗い中、6時半出発。気になる天気は、快晴。

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出発するとすぐに海辺に出ました。湾の向こうにキナバル山の山頂が、歓迎するかのように姿を現しました。この天候が明日まで続きますように。

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コタキナバルでは、立派なモスクが見られましたが、この他に、仏教寺院、天主教会と漢字で書かれたキリスト教会も眺めることができ、様々な宗教が信仰されていることが判りました。

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出発時間が早かったため、朝食は弁当になりました。中身はチーズサンドイッチとゆで卵、ミニバナナで、車の中で食べることになりました。ぱさついたサンドイッチを食べるのに苦労したので、昨晩のコンビニでジュースを買ってきておくべきでした。

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街を出ると山岳道路に変わって、車は高度を上げていきました。雲海のかかる山並みが広がっていました。

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車窓からキナバル山の山頂が見えてきました。

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1時間半ほど走ると、土産物屋が並ぶナバル村に到着し、ここで展望のためのひと休憩になった。

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展望台が設けられていました。

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展望案内板も置かれていました。

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案内板の説明によれば、中央の一番高く見えるピークがセントジョーンズピークで、左奥に僅かに見えるのが最高点のローズ・ピークです。台地の右端にある高まりが写真でお馴染みのサウス・ピークで、そこから下がっていく尾根に登山道が通じているようです。

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ここからの眺めは逆光で少し見にくいものの、登山道の概要を把握することができました。

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車に戻ってさらに進むと、光線の具合も良くなって、キナバル山の山頂を良く眺めることができるようになりました。

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ナバル村からはひと走りで公園事務所に到着しました。

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受付は8名の少人数グループであったにもかかわらず時間がかかり、他の登山者が乗合いバスで出発しいくのを見送ることになりました。

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ここで、IDパスを受け取りました。名前が打ちこまれているので、それにも時間がかかったようです。

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キナバル山では、登山口と登山道途中にチェックポイントがあり、このIDパスを首から下げておく必要があります。

このIDパスは持ち帰ることになるので、良い記念品になります。(なお、名前の部分は、Xで消してあります。)

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IDパスは受け取ったのですが、荷物を積んだ車が到着しないため、キナバル山の山頂を眺めながらしばらく待つことになりました。

キナバル山は高く見えますが、二日がかりなので、登れないことはないでしょう。樹林帯を超えた岩場の下に今晩の宿泊地の山小屋があるようです。

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ズームアップすると、山小屋のような建物も見えていました。左上の二つの岩が並んで立っているのがドンキー・イヤーズ・ピークで、その下の岩場を登っていくことになります。

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公園事務所前に置かれていた登山道の案内図。途中で右に分かれるのがマシラウルートです。途中で進み具合を確認するために、地球の歩き方かネットから得られる登山道のマップを印刷して持ってきた方が良いでしょう。ただ、マシラウルートに関しては、「地球の歩き方」の地図は役に立ちません。

ようやく車が到着して、ポーターへのあずけ荷物を受け取りました。スーツケースは、下山口のマシラウ・ネイチャー・リゾートで受け取ることになります。

まず、あずけ荷物の計量。5kgまでは、今回のツアー料金に含まれています。ちなみに超過料金を聞くと、1kgあたり15リギットということでした。山小屋二泊の登山といっても、自分用のザックには、昼食の弁当、水、お菓子、雨具、カメラ程度で歩けるので、大名旅行といえます。

さすらいの風景 キナバル山 その3

ようやく荷物車が到着したので、登山口に車で移動しました。他の登山者はすでに出発しており、鈴かな雰囲気になっていました。

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入り口を入った所にキナバル山クライマソンの優勝者の名前とタイムが掲示してありました。

このキナバル山クライマソンは、ティンポホンゲート(標高1866m)からロウズ・ピーク山頂(標高4095m)を往復する標高差2229mの「世界一過酷な山岳レース」です。このレースは、1987年にキナバル山の遭難者救出訓練として始まったといいます。優勝タイムは、2時間30分ほどになるようです。

このマネをする気はもうとうありませんが、我々は三日がかりで往復するので、なんとかなるでしょう。

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ティンポホンゲートで登山者IDの確認と名簿へのサインを行って歩き始めました。このゲートには売店も設けられていましたが、公園事務所でかなりの時間待たされるので、そちらの売店で買い物をすることになるでしょう。

初日の行程は、3300m付近の山小屋まで6kmです。

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歩き出すと、さっそくキナバル山の固有種であるキナバル・バルサムの花が現れました。キナバル・バルサムはホウセンカの仲間で、キナバル山低部で見ることができました。

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一旦下ると、カールソン滝が現れました。小さな滝で、眺めを楽しむというほどのものではなく、そのまま通過です。

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一人5kg、8名分の荷物を二人で運んでくれました。一応グループと一緒に歩くことになっているようで、途中で追い抜いても、次の休憩所で待っていてくれました。

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滝を過ぎると、本格的な登りが始まりました。階段状に整備されているのですが、歩幅が合わずに足に負担がかかりました。

トップに現地添乗員、最後尾に登山ガイドがつきました。歩く速度が異常に遅く、階段の途中で前が詰まって足が止まるため、最後尾で写真を撮りながら歩いていくことにしました。

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ウツボカズラ発見。キナバル山を代表する植物です。

ウツボカズラは、東南アジアが分布の中心で、特にボルネオ島では多くの種類が自生しています。

キナバル山では、9種類が生息し、小型のものを山の下部、大型のものを中間部で見ることができました。

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45分ほど歩くと東屋風のPONDOKU KANDISに到着しました。キナバル山では、登山道沿いの1kmおき、急な所では0.5kmおきに休憩所が設けられています。

ガイドブックなどの資料には、Shelterと書かれていますが、軒下に取り付けられた標識には、PONDOK何々と書かれています。Shelterというものの、スコールの時の雨避けの東屋です。水洗トイレも整備されており、登山道の整備は、日本よりも行き届いています。

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キナバル山では多くの花を見ることができましたが、名前が判らないものがほとんどでした。

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PONDOKU UBAHに到着。

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キナバル山の山頂部も見えましたが、まだ遠くにありました。

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オレンジ色のシャクナゲ

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休憩所の周りにはリスがおり、餌をねだっていました。

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うっそうとしたジャングルの中を登っていきます。途中から雲が出てきて、日差しが和らいできて、長袖の山シャツを着続けることができました。

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振り返ると、麓も遠ざかって、かなり登ってきていました。

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ウツボカズラを見つけると足が止まって写真撮影になってしまいます。

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遅いペースですが、そのうち到着するのだろうと思って、のんびりついていくことにしました。

さすらいの風景 キナバル山 その4

歩くペースが遅いため、予定より前のPONDOKU LOWIIで昼食になりました。ここは2.5kmポイント手前で、今日のゴールの山小屋は6km地点になります。

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ランチボックスを開けると、山盛りのチャーハンにゆで卵、青リンゴが入っていました。休憩小屋にはゴミ箱が整備されており、下山の登山ガイドが回収していくことになっています。

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また、休憩小屋の壁には、周辺に見られる花の写真も掲示してありました。

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先はまだ長いので、花を見ながら歩いていきましょう。

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再び歩き出し、PONDOKU MEMPENINGを通過。

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キノコも生えていましたが、毒キノコでしょうかね。

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黄色のシャクナゲ。

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ベゴニアの仲間です。

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登山ガイドは、プラスチックフラワーと言っていました。花弁を触ると、プラスチックのように堅い感触がありました。正式な名称ではないようですが。

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シャクナゲの仲間でしょうか。

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LAYANG LAYANGに到着。

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ナナカマドの仲間かな。

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野生ランも出現。

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マシウラルート分岐を通過。下山はここまで同じ道を戻り、ここからマシウラルートに進みます。

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分岐からは山小屋まで2kmとありますが、この先は傾斜も増して辛い登りになりました。

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大型のウツボカズラも現れました。ペースが遅くなっていたので、花の写真を撮り終えてから追いつくということを繰り返すことになりました。

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熱帯雨林の生い茂るジャングルから灌木帯に変わってきました。

現地でサヤッ・サヤッと呼ばれるレプトスパーマム。

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ブレビフォリア・ヒメツバキ

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PONDOKU VILLOSAを通過。

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PONDOKU PAKAを通過。

5.5km地点を過ぎて残り0.5kmとなりましたが、この最後の登りはきついものになりました。標高は3000mを越しており、空気が薄くなっているためかもしれません。登山道脇にも休むというか、ばてて座り込んだ登山者を見かけることになりました。

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WARASU HUTという山小屋が現れて気が抜けましたが、目的地まではもうひと頑張りする必要がありました。山小屋はかなりの範囲に分散しており、これは一番下にあるものです。

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LABAN RATA RESTHOUSEに到着して、この日のゴールになりました。到着は16:15で、ゲートからは休憩も含めて6時間20分の登りでした。ゆっくりすぎると思いましたが、まずまずのペースでした。

LABAN RATA RESTHOUSEには共同の食堂があり、泊まるのは、幾つかある別の小屋になります。

さすらいの風景 キナバル山 その5

LABAN RATA RESTHOUSE前の広場でひと休みした後、宿泊棟のLAMAING HOSTELに移動しました。宿泊棟は幾つもあるのですが、幸い、LAMAING HOSTELはそう遠くないところにありました。LABAN RATA RESTHOUSEへは、食事やお茶のために何回も行き来するので遠いと大変です。

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LAMAING HOSTELは二部屋に分かれており、二段ベッドが前後、三列に並んでいました。空いているところへ自由にということで、奥の下部ベッドに陣取りました。

部屋には、トイレ二つとシャワールーム二つが備えられていました。シャワーといっても水しか出ないので、我慢することになりました。もっとも、それでもシャワーを浴びている外人はいましたが、日本人には無理でしょう。

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とりあえず着替えをして、夕食のためにLABAN RATA RESTHOUSEに移動しました。

食堂は、ビュッフェスタイルですが、この時はほとんどの登山者が食事を終えており、デザートは無くなっていました。

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ライス、ヤキソバ、ビーフシチュー、カレー、温野菜などが並んでいました。

味も普通で、食べやすいものでした。ビールも飲みたかったのですが、この日の行動は終了といっても、翌日は2時半出発というので、体力温存のために自制しました。その代わりにサバテイーを何杯も飲むことになりました。

3300mの標高での高山病が心配でしたが、頭痛などの症状は現れておらず、ひと安心になりました。

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夕食を終えて外に出ると、雲も晴れて、山頂方面の眺めがひろがっていました。岩壁を登っていく道は険しそうです。

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周囲の散歩を行いましたが、ねぐらのLAMAING HOSTELの脇を通り過ぎると、上の小屋に続く階段が現れました。この小屋に泊まるとなると、食事のために往復するのは大変そうです。

階段の途中まで上がって、夕暮れの風景を眺めました。

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雲海が下方に広がり、空が赤く染まっていました。これなら明日も良い天気になりそうです。

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食事をとるLABAN RATA RESTHOUSE。

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ねぐらのLAMAING HOSTEL。

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翌日の2時起床、2時半出発のために、登山の準備を整えて、早い時間に眠りにつきました。

夜中に起きて外をのぞくと星空が広がっていました。これなら、天候には恵まれそうです。後は、自らの体力次第ということになります。

さすらいの風景 キナバル山 その6

1時に起きだして登山の準備を始め、2時には食堂に移動して深夜の朝食。ビュッフェは夕食と同じような料理が並んでいましたが、食欲はなし。日本から持参してきた菓子パンとコーヒーで朝食としました。

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2時45分に出発。ヘッドランプの灯りを頼りに続々と登山者が出発していきました。

暗い中で周囲の様子が判らないまま、黙々とした登りが続きました。急な階段登りが続き、先が詰まって、足が止まることも時折ありました。前日に続いてゆっくりペースなため、後から追いついてきた登山者には先に行ってもらうことになりました。

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途中で、難所の岩場に出ました。登っていく途中、この岩場で渋滞が生じてヘッドランプの光がまとまっているのが見えていましたが、最後尾に近いためか渋滞は解消していました。

岩場の下に出ると、風当たりが強くなって、雨具の上着に、毛の帽子、フリース手袋を身に着けることになりました。

岩場には、太いロープが張られており、これを頼りに一枚岩を直登すると、細い岩棚を斜上するように登山コースが続くことになりました。日本の一般登山道で現れる岩場のレベルですが、途中で固まって動けなくなっている女性もおり、迂回して登ることになりました。以前、日本人登山者がここで落ちたと聞きました。意外に山の経験の少ない人も登っているようでした。

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岩場を通過して灌木帯をひと登りすると、サヤッ・サヤッ小屋に出ました。ここまでは2時間かかりました。ここのゲートでIDパスのチェックが行われていますが、団体のため名簿のチェックだけで終わりました。

ここのトイレが登山道沿いで最後のものになるため、休みがてら用をすませました。

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ゲートを過ぎると、一枚岩の登りになりました。傾斜はあるものの、フリクションも利いて、登るのに問題はありませんでした。空も白み始め、周囲も見えるようになってきました。

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空も赤く染まり始めました。

最初の目標の富士山の標高3776mはすでに越しており、次は4000mが新たな目標になりました。これまでの高所体験としては、パキスタンから中国に抜ける際のクンジュラブ峠の4733mです。この時は標高2600mからバスで一気に上がったためか、少し歩くのにも息切れをして、高山病の症状が進まないか冷や汗ものになりました。今回は、歩いて標高をかせいでいて高度順化ができているのか、登山による息切れの範囲で収まっていました。

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一枚岩の斜面を登り続けると、左手にサウスピークが鋭く天を突く姿を見せるようになってきました。写真でお馴染みの風景の中の歩きになりました。背後を振り返ると、空が赤みを増して、日の出も近いようです。山頂での日の出見物は無理であることは判りましたが、東には、二つの岩峰が並び立つドンキー・イヤーズ・ピークがあり、日の出はその陰になりそうでした。

遅れだした者もあるため、写真を撮りながら先に進ませてもうらうことにしました。

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前方にローズ・ピークの山頂も見え始めました。

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記念写真のストロボが連続的に光るのも見えてきました。山頂では、記念写真の順番待ちで混みあっているようです。

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山頂でのご来光見物は諦めて、刻々と変わっていく風景を眺めながら歩くことにしました。

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向かって左にはセント・ジョーンズ・ピークが聳えていました。

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一枚岩の上にはロープが張られていますが、これは視界不良の際に登山コースを示すためのものです。

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登りの途中で太陽が昇ってきましたが、結局、ドンキー・イヤーズ・ピークの背後になってしまいました。

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サウスピークが赤く染まり始めました。

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セント・ジョーンズ・ピークの先端も赤く染まり始めました。

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ローズ・ピークにも光が当たりはじめました。ローズ・ピークの山頂に到着していたら眺めることのできなかった眺めです。

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後続を待つために眺めを楽しみながらゆっくり登っていくうちに、ローズ・ピークが薔薇色に染まりました。

この眺めから、ローズ(薔薇)のピークと名付けられたと思ってしまいますが、山名の由来は全く違ったものです。

キナバル山の名前は、アキ・ナバル(祖先の霊る山)が由来です。この聖なる山の初登頂の歴史は少々複雑になっています。1951年、蘭のプラントハンターのヒュー・ロー卿( Sir Hugh Low )は初めてキナバル山の山頂に到達しましたが、最高点を誤って、セント・ジョーンズ・ピークに登りました。1888年、ジョン・ホワイトヘッド調査隊が、最高点のローズ・ピークに登り、キナバル登山の先駆者であったヒュー・ロウの業績を記念して、このピークにLow's Peakの名前を与えました。

カタカナでローズピーク書かれているので、このいきさつを知るまでは、薔薇の峰と誤解していました。バラ色に染まった夜明けの風景を眺めると、薔薇の峰であっても良いような気もします。

ローズピークの基部で4000mとなり、残りの標高差はあと100mほどで、登頂は確実なものになりました。

さすらいの風景 キナバル山 その7

ローズピークへの最後の登りは、岩が積み重なった急斜面になりましたが、日本の北アルプスあたりなら普通に見られるレベルです。

ローズピークとほぼ同じ高さのセント・ジョーンズピークを横目で眺めながらの登りになりました。

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また山頂の影がうつるアレキサンダーピーク(4003m)の下には、Oyayubi peak (3976m) と呼ばれる岩塔が突き出ています。小さく見えますが、高さは100mあるといいます。フリー・クライマーの平山ユージがこの岩に新ルートを開拓したことでも知られています。

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ようやくローズピーク (4095m) に到着。当然、これまで登った山のうちの最高峰です。ゆっくりペースでしたが、小屋から4時間半の登りで到着しました。

山頂は、記念写真撮影の順番待ちになっていました。我々グループの登頂者は7名でしたが、場所の交換で手間取ったりして撮影に時間が掛かりました。これが大人数のグループだと大変なことになるでしょうね。

最近は、山頂での記念撮影も行っていないのですが、さすがに登頂記念ということで撮ってもらいました。

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山頂の奥をのぞくと、ビクトリアピーク(4091m)が聳えていました。キナバル山の山頂一帯には、幾つもの峰が並んでいますが、その中でも登りやすいローズピークが最高峰で助かりました。

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山頂付近は狭いので、鞍部まで下ってから休むことにしました。

セント・ジョーンズピークは、向きによってはゴリラの横顔のように見えるので、ゴリラ岩とも呼ばれています。

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サウスピークを眺めながら下っていきます。

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一枚岩の広がる鞍部に戻った所で、大休止になりました。ローズピークが再び高みに遠ざかりました。

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ローズピークの脇には深い谷が入り込んでいました。

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剣岳を思わせるキザギザ峰が連なっていました。

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サウスピークを正面に眺めながらの下りになりました。思ったよりも時間のかかる広大な一枚岩でした。

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ようやく見下ろしていたサウスピークが、目の高さになりました。

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ドンキーイヤーピークも見上げるようになりました。

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岩の隙間にはイワウメに似た花が咲いていました。

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黄色の花も。

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サウスピークを横目で眺めながらロープが延びた一枚岩を下っていく風景は、キナバル山登山を代表するものになっています。

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ドンキーイヤーピークも次第に姿を変えていきました。

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一枚岩の下部にある看板は、コース整備された岩場歩きのヴィアフェラータの集合場所を示すもののようです。

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一枚岩の下部まで下ってきました。

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下方にサヤッ・サヤッ小屋も見えてきました。

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サヤッ・サヤッ小屋まで戻ってきました。トイレも使ってひと休み。

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この下の岩場の傾斜は増しましたが、ロープを使わずとも登山靴のフリクションで充分下れる状態でした。

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その下で岩場のトラバースになりました。足場に注意すれば問題なく通過できます。

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眼下には、宿泊地の山小屋も見えていました。

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岩場を下から振り返ったところ。

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下りの途中、岩場を下っているヴィアフェラータ一行の姿も見えていました。

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ヴィア・フェラータとは、ワイヤーロープやはしご、木製の歩道や吊り橋などで整備された岩場を、確保道具を装着した上で歩くものです。遠目ですが、岩場を下るのに、結構時間がかかっているようです。

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灌木帯まで下ってくると、木の階段が続くようになりました。山小屋までもうひと息というところで、女性メンバーが階段の隙間に足を落として、倒れこんでしまいました。幸い足は捻っただけで骨折はしていないようです。歩けなくなったため、登山ガイドが背負って山小屋まで下ることになりました。そう遠くない距離であったため、三回ほどの休みで小屋に戻ることができました。

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一般的なティンポホンゲートからの往復だと、遅い朝食をとって休んだ後に一気に下山することになりますが、マシウラルートを下る場合には時間が掛かるためもう一泊することになります。

半日を休養にあてることになりますが、このベッドは真ん中が窪んでおり、寝づらいものでした。体を支えるパイプも下に曲がって亀裂も入っており、そのうち折れそうでした。

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二度目の朝食は10時頃までということで、山小屋に戻る時間は少し過ぎていました。料理はまだ並んでいましたが、すぐに昼食になるため、デザート類をつまんでお茶を飲んでひと休みしてから、再度レストランに戻りました。

昼食は、チャーハン、焼きそば、汁ソバということなので、ビュッフェ料理になかった汁ソバを頼みました。中華風の味で、美味しく食べました。

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お待ちかねのビール。標高3300mの最高所でのビールになりました。値段は、北アルプスの山小屋よりも高く、飯豊の避難小屋並みの800円ほどですが、登頂のお祝いも兼ねて飲まないわけにはいきません。

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午後は昼寝をしてから、早めにレストランに入りました。肉類や野菜もあって、食べやすい味付けです。

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今回は、デザートもしっかりと並んでいました。バナナのフライやプリンが出されていました。

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高山病予防ということで水分をしっかり補給する必要がありますが、レストランでは湯、コーヒー、お茶が提供されていました。食事の時間以外でも湯は提供されていたので、部屋で飲むことができるように保温ポットを持っていくべきでした。

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早めの夕食をとることになりました。

負傷した女性は、夕方までには、ビッコをひきながら歩くことができるようになり、翌日は登山ガイドに付き添われてティンポホンゲートへ下ることになりました。

キナバル山での救助態勢ですが、日本の山小屋のような救護室は無く、メンバーが持参していた鎮痛剤を飲んでもらうことになりました。また、救助ヘリはなく、タンカに乗せて人力で下すことになると、交代人数も多くなって、30万円ほどになるということでした。

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食事も早々と終え、後は日が沈むのを待つことになりました。

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夕暮れ近くになると、ガスが出てきました。絶好の天気に恵まれて登頂を果たすことができましたが、下山までもう一日晴が続いて欲しいものです。
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