ツタンカーメンの墓からの出土品を最初に見学した後、エジプト考古学博物館の入口に戻って、見学を続けました。
ナルメル王のパレット(第一王朝、BC3200年)
ナメル王は、第一王朝を形成した8人の王のうち最初の王で、このパレットはエジプト史上最古の遺物になっています。上下エジプトの統一のための闘争が描かれています。
ジョセル王(第三王朝、BC2668~2649年)
これまで発見された古代エジプトの等身大座像の最古のものです。
メンカウラーの三柱神(第四王朝 BC2532~2504年)
三柱神としてはエジプト最古のものになります。左はハトホル神、中央は王、右は「バト州」を擬人化した女神。
同じく、河岸神殿で発見された三柱神。右は「ウファセ州(後のテーベ」を擬人化した男神。
第42展示室。
カフラー王(第四王朝 BC2558~2532年)
カフラー王のピラミッドの下にある河岸神殿から発見されました。最も固い岩のひとつである閃緑岩をあえて使って、カフラー王の稀なる力強さを現しています。
カフラー王の頭の後ろにはホルス神が両翼を広げて守護しています。
パピルスの巻物を持つ書記(第五王朝 BC2450年)
トト神の発明した文字をあやつることのできる人物は当時のエリートとして尊敬の対象であったため、官僚たちは書記のスタイルで残すことを好んだようです。
他にも同じようなスタイルの像が展示されていました。
カーアベル像(通常村長の像)(第五王朝 BC2498~2491年)
古代エジプト最古のほとんど実物大に近い木製の彫像です。カーアベルは神官で裕福であったため、丸々とした恰幅の良さを見事に再現しています。発掘にあたったエジプト人労働者たちがこの像を見て、村の長老のよくあるタイプであったことから「村長の像」と呼ばれることになりました。
現地ガイドは、誰に似ていると尋ねてから、西郷さんといっていました。
私は、プロレスラーのアブドーラ・ザ・ブッチャーの方に似ていると思うのですが。
こちらが、ジャイアント馬場とも戦った悪役レスラーを代表するアブドーラ・ザ・ブッチャー。ギミック上の出身地はアフリカのスーダンとなっており、エジプトとの関りもあるということになります。
回廊にも多くの展示物が並んでいます。
第32展示室。
ラーホテプとネフェレト夫妻像(第四王朝 BC2613~2589年)
ネフェレトとは「美しい人」という意味で、アクエンアテンの妻のネフェルティティは「美女の到来」、ラムセス3世の妻のネフェルタリは「美女の中の美女」を意味します。
同様の像も展示されていましたが、明らかにできが違っています。
クフ王(第四王朝 BC2589~2566年)
高さ7.5cmの小さな像ですが、世界最大のピラミッドを造った王の像としては、これだけしか残されていません。第32展示室の隅に置かれているので、見落とさないように注意が必要です。
メンチェホテプ・ネブヘプラー(第11王朝 BC2061~2010年)
王座に腰掛けたメンチェホテプ・ネブヘプラー王は、下エジプトの赤冠を被り、在位30年を祝うセド祭用の衣装を着ています。
執事アメネフハトの彩色石灰岩製石碑の一部(第11王朝 BC2061~2010年)
この部屋は入口からのぞいただけで通過。
回廊の奥にハトシェプスト女王の頭部が見えてきました。
ハトシェプスト女王の頭部(第18王朝 BC1498~1484年)
ハトシェプスト葬祭殿の第3テラスのオシリス列柱群の一つの柱の頭部です。ハトシェプスト女王は、常に男装し、付け髭をしていたといいます。
ハトシェプスト女王のスフィンクス。
ツタンカーメンとアンケセナーメン像
エジプト考古学博物館の見学はさらに続きます。
ナルメル王のパレット(第一王朝、BC3200年)
ナメル王は、第一王朝を形成した8人の王のうち最初の王で、このパレットはエジプト史上最古の遺物になっています。上下エジプトの統一のための闘争が描かれています。
ジョセル王(第三王朝、BC2668~2649年)
これまで発見された古代エジプトの等身大座像の最古のものです。
メンカウラーの三柱神(第四王朝 BC2532~2504年)
三柱神としてはエジプト最古のものになります。左はハトホル神、中央は王、右は「バト州」を擬人化した女神。
同じく、河岸神殿で発見された三柱神。右は「ウファセ州(後のテーベ」を擬人化した男神。
第42展示室。
カフラー王(第四王朝 BC2558~2532年)
カフラー王のピラミッドの下にある河岸神殿から発見されました。最も固い岩のひとつである閃緑岩をあえて使って、カフラー王の稀なる力強さを現しています。
カフラー王の頭の後ろにはホルス神が両翼を広げて守護しています。
パピルスの巻物を持つ書記(第五王朝 BC2450年)
トト神の発明した文字をあやつることのできる人物は当時のエリートとして尊敬の対象であったため、官僚たちは書記のスタイルで残すことを好んだようです。
他にも同じようなスタイルの像が展示されていました。
カーアベル像(通常村長の像)(第五王朝 BC2498~2491年)
古代エジプト最古のほとんど実物大に近い木製の彫像です。カーアベルは神官で裕福であったため、丸々とした恰幅の良さを見事に再現しています。発掘にあたったエジプト人労働者たちがこの像を見て、村の長老のよくあるタイプであったことから「村長の像」と呼ばれることになりました。
現地ガイドは、誰に似ていると尋ねてから、西郷さんといっていました。
私は、プロレスラーのアブドーラ・ザ・ブッチャーの方に似ていると思うのですが。
こちらが、ジャイアント馬場とも戦った悪役レスラーを代表するアブドーラ・ザ・ブッチャー。ギミック上の出身地はアフリカのスーダンとなっており、エジプトとの関りもあるということになります。
回廊にも多くの展示物が並んでいます。
第32展示室。
ラーホテプとネフェレト夫妻像(第四王朝 BC2613~2589年)
ネフェレトとは「美しい人」という意味で、アクエンアテンの妻のネフェルティティは「美女の到来」、ラムセス3世の妻のネフェルタリは「美女の中の美女」を意味します。
同様の像も展示されていましたが、明らかにできが違っています。
クフ王(第四王朝 BC2589~2566年)
高さ7.5cmの小さな像ですが、世界最大のピラミッドを造った王の像としては、これだけしか残されていません。第32展示室の隅に置かれているので、見落とさないように注意が必要です。
メンチェホテプ・ネブヘプラー(第11王朝 BC2061~2010年)
王座に腰掛けたメンチェホテプ・ネブヘプラー王は、下エジプトの赤冠を被り、在位30年を祝うセド祭用の衣装を着ています。
執事アメネフハトの彩色石灰岩製石碑の一部(第11王朝 BC2061~2010年)
この部屋は入口からのぞいただけで通過。
回廊の奥にハトシェプスト女王の頭部が見えてきました。
ハトシェプスト女王の頭部(第18王朝 BC1498~1484年)
ハトシェプスト葬祭殿の第3テラスのオシリス列柱群の一つの柱の頭部です。ハトシェプスト女王は、常に男装し、付け髭をしていたといいます。
ハトシェプスト女王のスフィンクス。
ツタンカーメンとアンケセナーメン像
エジプト考古学博物館の見学はさらに続きます。