続いて第9窟。紀元前1世紀の前期チャイティヤ窟です。アーチ状の入口が設けられています。
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外部の細かい彫刻は、後の時代に造られたものです。
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内部には、ストゥーパが置かれています。仏像表現の無い時代に信仰の核となったものです。ドーム状の覆鉢の上に傘蓋が載せられています。
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周囲の柱には、仏が描かれていますが、これは後に描かれたものです。
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チャイティヤ窟は、二階建ての高さを持っていて窓もあるため、比較的明るくて絵も見やすくなっていました。
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第10窟。ここも前期チャイティヤ窟です。第9窟と同じ造りです。
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ここの柱も仏も描かれています。
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柱の背後の壁にも絵が描かれています。
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他の宗教の信者の手によってか顔が消されているのは残念です。
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右13番目の柱には、アジャンタ石窟を再発見したジョン・スミスのサインが残されています。
1819年4月、ハイダラーバード藩王国の藩王に招かれて狩猟に参加していたイギリス人士官ジョン・スミスが虎狩りをしていた時、巨大な虎に襲われてワーグラー渓谷に逃げ込んだ際に、断崖に細かな装飾が施された馬蹄形の窓のようなものを見つけたことが、アジャンタ石窟発見の契機となりました。
奥の暗がりにあって、懐中電灯で照らして教えてもらわないと判らない状態でした。丸いライトの下に、「John Smith, 28th Cavalry, 28th April 1819(ジョン・スミス、第28騎兵隊、1819年4月28日)」とサインされています。
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第10窟の先で、通路は一段高くなります。
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階段脇には、象の彫刻が置かれており、エレファントゲートと呼ばれています。
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階段途中に彫り込まれていた仏像。
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階段上の通路から第9窟方面を振り返ったところ。
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階段上の第15窟は、未完成窟のようで、パネルが展示されていました。

外部の細かい彫刻は、後の時代に造られたものです。


内部には、ストゥーパが置かれています。仏像表現の無い時代に信仰の核となったものです。ドーム状の覆鉢の上に傘蓋が載せられています。

周囲の柱には、仏が描かれていますが、これは後に描かれたものです。

チャイティヤ窟は、二階建ての高さを持っていて窓もあるため、比較的明るくて絵も見やすくなっていました。







第10窟。ここも前期チャイティヤ窟です。第9窟と同じ造りです。

ここの柱も仏も描かれています。


柱の背後の壁にも絵が描かれています。



他の宗教の信者の手によってか顔が消されているのは残念です。


右13番目の柱には、アジャンタ石窟を再発見したジョン・スミスのサインが残されています。
1819年4月、ハイダラーバード藩王国の藩王に招かれて狩猟に参加していたイギリス人士官ジョン・スミスが虎狩りをしていた時、巨大な虎に襲われてワーグラー渓谷に逃げ込んだ際に、断崖に細かな装飾が施された馬蹄形の窓のようなものを見つけたことが、アジャンタ石窟発見の契機となりました。
奥の暗がりにあって、懐中電灯で照らして教えてもらわないと判らない状態でした。丸いライトの下に、「John Smith, 28th Cavalry, 28th April 1819(ジョン・スミス、第28騎兵隊、1819年4月28日)」とサインされています。

第10窟の先で、通路は一段高くなります。

階段脇には、象の彫刻が置かれており、エレファントゲートと呼ばれています。

階段途中に彫り込まれていた仏像。

階段上の通路から第9窟方面を振り返ったところ。

階段上の第15窟は、未完成窟のようで、パネルが展示されていました。