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Channel: さすらい人の独り言
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さすらいの風景 クリスマスマーケット その5

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ミヒャエル広場からコールマルクト通りに進みます。

クリスマスの飾り付けが通りを幻想的に飾っていました。



小さな灯りを連ねただけですが、センスを感じさせる飾り付けです。



クリスマスの時期しか見ることのできない眺めです。



グラーベン通りに出ると、飾り付けが変わりました。シャンデリアを模した飾りでしょうか。



グラーベン通りには、クリスマスマーケットの店はありませんでしたが、グリューワインやプンシュを売る飲み屋の小屋が出店していました。

この季節は、街全体が飲み屋街になっていました。





観光スポットになっているペスト記念柱もクリスマスのイルミネーションに彩られていました。



昼間の観光で足は疲労の限界に近づいてきていますが、歩かないわけにはいかない風景です。



脇道は、別な飾り付けがされていました。ハブスブルガー・ガッセということで王冠の飾りなのでしょうか。



これは別な通り。



シュテファン寺院が見えてきました。



シュテファン寺院を取り巻くシュテファン広場でもクリスマスマーケットが開催されていました。



ここのクリスマスツリーのてっぺんには、星飾りが取り付けられていました。



とりあえず、シュテファン寺院の中をのぞきましたが、外のクリスマスマーケットのにぎわいに反してひっそりとしていました。

シュテファン寺院の内部の見学は後日改めてということにしました。



クリスマスマーケットを見るついでに、シュテファン寺院の入り口と反対側近くにあるクルツィフィクス礼拝堂を見学しました。

マリア・テレジア女帝の時代、シュテファン大聖堂をはじめとする教会の脇には墓地があり、土葬が行われていました。衛生上よくないということで、マリア・テレジア女帝は城壁内の遺体埋葬を禁止させ、長男のヨーゼフ2世が城壁内の墓地を取り払って外側に移させました。中心から外側の墓地までは距離があるので、当時の人々はこのシュテファン大聖堂のクルツィフィクス礼拝堂で最後のお別れをし、城門まで歩いてそこで見送りました。

モーツァルトは、シュテファン寺院でコンスタンツェとの結婚式を行っていますが、彼の葬儀の際には、当時の習慣通りに聖別もここで行われ、参列者は城門で見送りました。その後、彼の遺体は聖マルクス墓地に送られ、モーツァルトの埋葬場所は不明になってしまいました。ザンクト・マルクス墓地にあるモーツァルトの墓も推定の場所に置かれたもので、遺体は納められていません。



モーツァルトのはっきりした足跡の記念として、「1791年12月6日、不滅のモーツァルトの最後の別れの式が行われた 1931年シューベルト連盟より」と書かれたプレートがキリスト像の下に置かれています。



シュテファン広場のクリスマスマーケットも場所が良いため賑わっていました。



ここの飾りも他とは異なっており、独特の雰囲気になっています。



クリスマスのクッキー、レープクーヘンの店。



木彫り人形の店。



ロウソクの飾り。





お土産用のモーツァルトチョコレート。







シュテファン広場から北に延びる通りは、別な飾り付けがされていました。

すっかり歩き疲れても、地下鉄のシュテファンプラッツ駅からホテルのもより駅であるフォルクステアター駅までは、ひと駅と近いので助かりました。フォルクステアター駅を下りてからマリア・テレジア広場のクリスマス・マーケットに寄り道することにはなるのですが。

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