ラオス旅行の最後の見学地としてワット・シェントーンを訪れました。建立は1560年のルアンパバーンを代表する古刹です。
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入り口右手には、霊柩車庫があります。
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壁には一面に黄金のレリーフが施されています。
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絵のモチーフはラーマーヤナのようです。
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ナーガと仲が悪いためラオスの寺院ではあまり見なかったガルーダが活躍しています。
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堂内には、1960年に行われたシーサワンウォン王の葬儀で用いられた霊柩車が治められています。ナーガの飾りが施されており、よそでは見られないような姿です。
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中庭には土産物屋があって、ガイドの説明はよそに目が引き付けられてしまいました。
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風でくるくる回るプロペラ状の尾を持った鳥や象の飾り。面白いので買ってしまいました。
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本堂は、湾曲した屋根が重なりあう、典型的なルアンパバーン様式になっています。
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屋根の飾り。
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壁には一面にレリーフが施されています。
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堂内に安置された仏像。
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大きなドラが置かれていました。バチも置かれて叩くことができました。日本の寺院や神社で見られる鰐口と同じような役目でしょうか。
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柱部に描かれた絵。
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壁いちめんにレリーフが施されていました。
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本堂の裏の壁には、196年に製作された「マイ・トーン(黄金の木」のレリーフが飾られています。
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かつてここにあった高さ160mの大木がモチーフになており、仏教にまつわる物語が描かれています。
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北の壁面には、水道管につながったガネーシャ像が置かれており、ラオスの正月には、ここから流れ出る水を求めて人が集まるといいます。
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境内には、小さな祠が置かれていました。
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これはレッドチャペルと呼ばれ、1957年にブッダ生誕2500年を記念して装飾されたものです。
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この寝釈迦像は、1569年にセーターティラート王によってが運び込まれました。
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立像堂。
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ガラス象嵌が施されています。
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境内には、ボート祭りで使われたナーガの飾りが置かれていました。
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ワット・シェントーンの見学を終えてメコン川側の入り口から出ると、階段脇には、像が置かれていました。獅子像だろうとは思うのですが、稲荷神社のキツネ像の方に似ていますね。なお、股間の一物によってこれは雄のようです。向かい合うもう一体は雌のようでした。
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ラオスにおける見学もこれにて終了し、メコン川も見納めになりました。

入り口右手には、霊柩車庫があります。

壁には一面に黄金のレリーフが施されています。

絵のモチーフはラーマーヤナのようです。

ナーガと仲が悪いためラオスの寺院ではあまり見なかったガルーダが活躍しています。

堂内には、1960年に行われたシーサワンウォン王の葬儀で用いられた霊柩車が治められています。ナーガの飾りが施されており、よそでは見られないような姿です。


中庭には土産物屋があって、ガイドの説明はよそに目が引き付けられてしまいました。

風でくるくる回るプロペラ状の尾を持った鳥や象の飾り。面白いので買ってしまいました。

本堂は、湾曲した屋根が重なりあう、典型的なルアンパバーン様式になっています。

屋根の飾り。

壁には一面にレリーフが施されています。


堂内に安置された仏像。



大きなドラが置かれていました。バチも置かれて叩くことができました。日本の寺院や神社で見られる鰐口と同じような役目でしょうか。

柱部に描かれた絵。


壁いちめんにレリーフが施されていました。



本堂の裏の壁には、196年に製作された「マイ・トーン(黄金の木」のレリーフが飾られています。

かつてここにあった高さ160mの大木がモチーフになており、仏教にまつわる物語が描かれています。

北の壁面には、水道管につながったガネーシャ像が置かれており、ラオスの正月には、ここから流れ出る水を求めて人が集まるといいます。

境内には、小さな祠が置かれていました。


これはレッドチャペルと呼ばれ、1957年にブッダ生誕2500年を記念して装飾されたものです。


この寝釈迦像は、1569年にセーターティラート王によってが運び込まれました。

立像堂。

ガラス象嵌が施されています。

境内には、ボート祭りで使われたナーガの飾りが置かれていました。


ワット・シェントーンの見学を終えてメコン川側の入り口から出ると、階段脇には、像が置かれていました。獅子像だろうとは思うのですが、稲荷神社のキツネ像の方に似ていますね。なお、股間の一物によってこれは雄のようです。向かい合うもう一体は雌のようでした。

ラオスにおける見学もこれにて終了し、メコン川も見納めになりました。