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Channel: さすらい人の独り言
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さすらいの風景 ペトラ遺跡 その9

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ペトラ(ビザンチン)教会を出て、丘の上を東に向かって歩いていくと、岩山に彫りこまれた王家の墓が見えてきました。



王家の墓の手前には谷があり、金属製の橋が架かっていました。



細いけれども深い谷です。ペトラ遺跡内の水利施設の一部で、かつては水が流れていたようです。



ペトラ(ビザンチン)教会を振り返ったところ。



王家の墓が近づいてきました。王家の墓という名前ですが、墓、神殿、宮殿という説があってはっきりしないようです。



左にある宮殿の墓。3階層からなる王家の墓の中で最大の建造物です。ローマ皇帝ネロのゴールデンハウスを模したものと言われています。



その右にあるのは、コリント式の墓。コリント式の柱を持ち、エル・ハズネと同時期に造られたと言われています。アレタス2世の宮殿という説もあります。



写真中央がシルクの墓。ファサードに使われている砂岩が美しいことから虹の墓とも呼ばれています。王家の墓とは言われていますが、アレタス2世の別宅という説もあります。



一番右には壺の墓があります。写真は中央通路からのものです。ファサードの頂点に壺の飾りが置かれていることから、名前が付けられています。アレタス4世の宮殿あるいはその家族を埋葬した墓。アリクス2世の墓とも言われています。下部のアーチ部はビザンチン時代に増設されたものです。



階段を上っていきます。



アーチ部には小部屋が設けられており、牢獄として用いられていたといいます。



ファサードは、古いナバタイ様式で造られています。



ファサードの上部にはトーガを付けた男性の像が置かれています。



ファサードの下の広場にはコリント様式の柱が並んでいます。



かたわらには土産物屋が店を開いています。



壺の墓の内部に入りました。部屋には窪みが設けられていました。天井や壁が、美しい砂岩の模様を見せていました。



階段が上に伸びていました。摩耗して滑りやすいので、足元に注意する必要がありました。



木の橋を渡ると、岩棚の上に出ました。



岩棚の奥にあるのは住居跡のようです。



中央通路を眼下に見下ろすことができました。



柱廊通り方面の眺め。右手に見える白い屋根は、ペトラ(ビザンチン)教会のものです。この白屋根は遠くからでも良く見分けることができ、位置の確認に役立ちました。



柱廊通りの向こうにあるカスル・アル・ビントも見分けることができました。

王家の墓の見学の後は、中央通りに戻りました。

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