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Channel: さすらい人の独り言
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さすらいの風景 ペトラ遺跡 その6

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王家の墓を見上げながら歩いていくと、柱廊通りに入っていきます。

その入り口の右手にニンファエウムがあります。ニンファエウムは、生命の泉を称える噴水施設で、ローム帝国支配下になった191年に造られました。左手に立つ木はビスタチオで樹齢400年といいます。



柱廊通りは、長さ225m続き、幅は10mで大理石が敷き詰められていました。



左手には市場が広がっていました。柱の基部だけが残っています。



階段状の構造も見られます。





柱廊通りに相応しく、柱が並んでいます。



右手の丘の上には、有翼ライオンの神殿が見えています。



正面の岩山は、駱駝のように見えます。



続けて、大神殿が見えてきます。



大神殿は、紀元前1世紀にナバタイ人の主要な神殿として造られ、4世紀の大地震で被害をこうむるも、修理されてビザンチン時代まで使われました。ナバタイ人の主神ドゥシャラーが祀られていました。

大神殿には入場しませんでしたが、午後に正面の丘の上から構造を良く眺めることができました。



柱廊通りの西のはずれには、ローマ皇帝トラヤヌスの凱旋門(ナバタイの王アレタス4世の凱旋門という説もあります)があります。



凱旋門の上部は失われていますが、柱の飾りは良く残されています。



凱旋門の先はテメノスと呼ばれる聖域の広場になっています。



テメノスの奥には、カルス・アル・ビントと呼ばれる神殿があります。主神ドゥシャラは、大神殿でなく、こちらに祀られていたという説もあるようです。



カルス・アル・ビントの前にはコリント式の円柱が立ち、生け贄のための祭壇が設けられています。



内部は立ち入り禁止になっていました。



壁のレンガ組みの間には木が挟んでありますが、これはクッションの役割を果たしています。



カルス・アル・ビントの前を右に曲がると、レストランがあり、ここで昼食になりました。



昼食の前に、レストランの奥にあるペトラ博物館を見学しました。



展示室内部は撮影禁止でした。出土品の像や貨幣などがありましたが、小規模なものでした。



ペトラ遺跡のの観光客は、この「バシン」で食事をすることになると思います。ビュッフェスタイルの料理は美味しかったですが、飲み物はばか高い値段でした。旅行会社から水を出してくれていたので、ビールは我慢しました。この後、エド・ディルまでの登りがあるので、酔っている場合ではなかったこともあります。

このレストランの売店では、飲み物やお菓子を売っていますが、超高価です。歩きで体力を消耗するので、夏の暑い時期には水を充分持参することを勧めます。

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