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Channel: さすらい人の独り言
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さすらいの風景 タリン その7

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団体の束縛から解放されて、マイペースでの街歩きができるようになりました。

タリンの地元料理のレストランで、民族音楽を演奏していました。昼食直後でなかったら、越を下ろしてビールを一杯といった気になったことでしょう。



ヴィル通りに戻ってきました。何かの客引き。



ゆっくりと店をのぞきながら歩いていきます。



店先の人形も、それぞれ個性があります。



昼食前に女性のヴァイオリン弾きのいた場所には、三人グループの演奏者に代わっていました。



ヴィル門の前に出ました。片方の塔が工事中であったのは少し残念でした。



ヴィル門を通り過ぎた先には、花屋が並んでいました。



市街地の外から見たヴィル門。



セーターの壁に戻ってきました。



売られていた編み物をみましたが、買いたいものは見あたりませんでした。



城壁への入り口があったので、入場しました。



城壁の途中には、幾つもの塔が設けられていますが、ここはヘレマン塔と呼ばれています。塔の上は、小部屋になっており、窓が開いていました。



窓から外を眺めました。



北側の眺め。茶色の屋根が続く城壁の先に聖オレフ教会の塔が見えていました。、



西の眺め。

左から聖ニコラウス教会、タマネギ頭のアレクサンドル・ネフスキー教会、旧市庁舎、大聖堂(トームキリク)、聖霊教会の塔が並んでいます。

ヘレマン塔は、タリン市街地の絶好の展望台といえます。



下の通りを見下ろすと、結構高度感がありました。



城壁もある程度の区間を歩くことができました。



北方向の眺め。



南方向の眺め。





聖ニコラウス教会と旧市庁舎の塔。



城壁から下りて、街歩きを続けました。



もう一度、カタリーナの小路を通りました。



カタリーナの小路は、ドミニコ修道院の南の壁沿いに走っており、タリンで最も美しい通りとも言われています。



ドミニコ修道院の壁には、墓石が立てかけられていました。





小広場の奥には、ドミニコ修道院が広がっています。



ヴェネ通りに出ると、ロシア正教会らしい建物が見えていました。





通りを歩いていくと、ラエコヤ広場に戻ってきてしまいました。広場のいっかくには、市議会薬局があります。



市議会薬局は、現役の薬局ではヨーロッパで最も古いものの一つです。記録の残っている1422年にはすでに三代目の経営になっていたといいます。10代目店主は、ロシアのピョートル大帝の死の床にも呼ばれたといいます。

店の看板は、「ヒュギエイアの杯」ですね。

「ヒュギエイアの杯」は、ギリシア神話に登場する名医アスクレピオスの娘のヒュギエイアが持っていた杯です。アスクレピオスの持っていた蛇の巻きついた杖が「アスクレピオスの杖」として医療のシンボルとして使われているのに対し、「ヒュギエイアの杯」は、薬学のシンボルになっています。

一旦ラエコヤ広場に戻ってきてしまったので、改めて北に向かって歩きはじめました。

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