旧総督邸の南に聖母被昇天大聖堂があります。
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聖母被昇天大聖堂は、1192年に英国のリチャード王が創建したと伝えられており、17世紀にバロック様式で再建されたものです。
獅子心王リチャード1世が第三次十字軍の遠征からの帰国途中のこと。アドリア海を通っている時に大嵐に合い、救われたなら教会を奉納しようと聖母マリアに祈ったことからこの教会が建てられたといわれています。
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聖母被昇天大聖堂の内部は、比較的シンプルナな造りでした。主祭壇には、15世紀にティツィーナによって描かれた聖母被昇天の絵が飾られています。
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脇祭壇の絵。
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聖母被昇天大聖堂前の広場。
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世界遺産の街とあって、干してある洗濯物も絵になっています。
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ポンテ門をくぐると旧港に出ます。
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旧港には観光船が停泊していました。
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旧港の南側には聖イヴァン要塞が守りを固めています。
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旧港の北側は聖ルカ要塞が設けてあります。
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旧港の埠頭は、観光船の客引きや観光客で賑わっていました。
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旧港からルジャ広場への入り口。六日目の昼食は、右手のレストランでとることになりました。
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ここの門にも聖ヴラホの像が飾られていました。
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メインストリートであるプラツァ通りの北側に並行して走る細い通りにも土産物屋やレストランが並んでいます。
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細い通り沿いにあった古い教会。
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この細い通り沿いに、ガイドブックに紹介されているハンドメイドの刺繍屋がありました。
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テレビの旅番組にも出演していましたが、日本語でのダジャレが続きました。あいにくと自由時間も限られていたのが残念。
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とりあえず買ったのがこの刺繍。ネコの足跡がモチーフとのことです。
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プラツァ通りに戻るとスポンザ宮殿の前で刺繍の実演を行っていました。
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作品が売られていました。
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マリアさまの刺繍が気に入ったので買いましたが、なにやら証明書を付けてくれました。ユネスコマークが付いているので調べると、無形文化遺産「クロアチアのレース編み」でした。
ユネスコの権威付けは気に入らないのですが、この場合は良いと思って買ったものが無形文化遺産であったということに自己満足の気持ちもわいてきました。

聖母被昇天大聖堂は、1192年に英国のリチャード王が創建したと伝えられており、17世紀にバロック様式で再建されたものです。
獅子心王リチャード1世が第三次十字軍の遠征からの帰国途中のこと。アドリア海を通っている時に大嵐に合い、救われたなら教会を奉納しようと聖母マリアに祈ったことからこの教会が建てられたといわれています。

聖母被昇天大聖堂の内部は、比較的シンプルナな造りでした。主祭壇には、15世紀にティツィーナによって描かれた聖母被昇天の絵が飾られています。

脇祭壇の絵。

聖母被昇天大聖堂前の広場。

世界遺産の街とあって、干してある洗濯物も絵になっています。

ポンテ門をくぐると旧港に出ます。

旧港には観光船が停泊していました。

旧港の南側には聖イヴァン要塞が守りを固めています。

旧港の北側は聖ルカ要塞が設けてあります。

旧港の埠頭は、観光船の客引きや観光客で賑わっていました。

旧港からルジャ広場への入り口。六日目の昼食は、右手のレストランでとることになりました。

ここの門にも聖ヴラホの像が飾られていました。

メインストリートであるプラツァ通りの北側に並行して走る細い通りにも土産物屋やレストランが並んでいます。

細い通り沿いにあった古い教会。

この細い通り沿いに、ガイドブックに紹介されているハンドメイドの刺繍屋がありました。

テレビの旅番組にも出演していましたが、日本語でのダジャレが続きました。あいにくと自由時間も限られていたのが残念。

とりあえず買ったのがこの刺繍。ネコの足跡がモチーフとのことです。

プラツァ通りに戻るとスポンザ宮殿の前で刺繍の実演を行っていました。

作品が売られていました。

マリアさまの刺繍が気に入ったので買いましたが、なにやら証明書を付けてくれました。ユネスコマークが付いているので調べると、無形文化遺産「クロアチアのレース編み」でした。
ユネスコの権威付けは気に入らないのですが、この場合は良いと思って買ったものが無形文化遺産であったということに自己満足の気持ちもわいてきました。